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脚本『椅子』

椅子


【1】

椅子

【2】

子 たかし

【3】

男1 女でも可

男2 女でも可


椅子「どうも、椅子です。なんですか?ええ、椅子であってますよ。私は椅子だと自己紹介しました。演劇ですよ、椅子が登場人物であっても何もおかしくない。椅子が急に話しかけてきてもね。だから、私は椅子です。良いですか、椅子ですよ。ほら、ほら、正真正銘、恥ずべきとこなき椅子でしょう?今公演のタイトルは「椅子」なのですから、主役は椅子でございます。そう、私が主役なのです。まあ、椅子の身の上話ばかりでは、時間が持ちませんので、幾つかついでの脇道もございますが、広い心でお楽しみください。それではさっそく脇へ逸れましょう。」


【2―1】


子「ねえ、父さん。」

父「おお、どうした?たかし。」

子「父さんって、椅子作れる?」

父「椅子?」

子「椅子。」

父「何で?」

子「学校の授業でさ。」

父「変な授業だな。」

子「何をどうすればいいか分かんなくて。」

父「それで教えて欲しいのか。」

子「作り方わかる?」

父「うーんそうだなあ、ちょっと待ってろ。」

子「うん!」


子、はける。


父「よし、今こそ、父の背中の見せ所。いっちょやってみよう。」


椅子を苦戦しつつも作る。不格好で、素人感満載な椅子。


父「できた。素人にしてはいいんじゃないか?……おーい、たかし。」


子、 来る。


子「何父さん?」

父「ほら、この前言っていた、学校の授業のやつ。」

子「ああ、椅子?なんかあれめんどくさくって、もういいかなって。」

父「え?」

子「周りの子も、やらないらしいし、変な授業だし。先生もテキトウ言っただけらしいし。」

父「そうなんだ。」

子「だから、いっかなって。」

父「そっか。」

子「じゃあ、母さんの手伝いの途中だったから戻るよ?」

父「……おう。」


子、 はける。


父「椅子、要らないのか、これ。」


【3―1】


男1、椅子に座っている。


男1「僕、高校の頃、演劇やってました。福岡の高校だったんですけど。意外と、演劇部のある高校多くて。うちも、ちっさいながら、全然弱かったんですけど、あって。まあ、そもそも、顧問の方針が、演劇上手くなろう!とか、いい作品作ろう!じゃなくて、演劇通して人としての成長を!って感じだったんで。結構ゆるかったですね。基本、生徒自治でしたし、ほとんど先生、干渉してこなくって、カギとか、大会の手続きとか事務的なことやってくれる感じで。で、もうほんと、弱くって、何だろうな、全部駄目だったんです。ほとんどが高校の部活で演劇に初めてかかわったような素人集団、音響、照明、役者、大道具、脚本、全部駄目、ほんと全部。まあ、脚本は既成作品使ったら、そりゃいいものができるんですけど、部員が書いたものがまあ酷くて、いや、高校生らしくてよかったんですよ、そういう点では、でもその、あんまり声大きくして言いたくはないですけど、演劇って芸術じゃないですか。いや、やっぱ恥ずかしいな、でも、芸術なんですよ。だから、その、部員が書いた脚本は芸術という観点からすれば駄作でした。それでも、楽しかった。すごく楽しかった。皆、部員全員、面白い人で、いいやつで、クソみたいな作品ばっか作ってましたし、だけど、皆なりに頑張って、話し合って、やってたんです。だから、すごく、好きなんですよ、今でも。あ、椅子。そうだ椅子。今日は椅子の話でしたね。いや、ちょっと、思い出が輝きすぎて逸れちゃいました。これ、今座ってる椅子、見えます?不格好でしょう。木材の地がむき出し。ささくれも立って、きったない椅子です。これ、僕が作ったんです。高校の頃に、駄目駄目だった演劇部の、駄目駄目だった部員の一人だった僕が。この椅子には、僕の青春が詰まっています。高校の頃の、青春、今は亡き青春。その象徴なんです。ちょっと、浸るんでどっか行ってください。ひとしきり浸ったら、また話すんで。」


【2―2】


子「ねえ、父さん。」

父「何?」

子「父さんって、椅子作れる?」

父「椅子?」

子「椅子。」

父「何で?」

子「学校の授業でさ。」

父「変な授業だな。」

子「何をどうすればいいか分かんなくて。」

父「それで教えて欲しいのか。」

子「作り方わかる?」

父「うーんそうだなあ、ちょっと待ってろ。」

子「うん!」


子、はけ、父、椅子を作る。

子、 立派な椅子を持ってくる。明らかに、父の作ったものより良い。


子「ねえ、父さん!」

父「おお、たかし、丁度いいところに。」

子「ねえ、見てこれ。」

父「おお、立派な椅子だな、どうしたんだ?」

子「いやさ、この前、言った授業の、父さんに聴いてばっかりもダメかと思ったから、一回自分で作ってみようと思って、それで、頑張ったんだ。」

父「たかしが作ったのか?」

子「うん!」

父「一人で?」

子「そうだよ。どう?」

父「すごくよくできてるよ。」

子「ねえ、どうすればもっときれいになるかな?」

父「……もう十分だよ。」

子「うっそだあ。子供の作品だからって遠慮しなくていいんだよ。」

父「いや、ほんと。」

子「そういや、その後ろのやつ何?」

父「これは……これは何でもない。」

子「なんか台みたいだけど。」

父「ああ、そう、台、作業台作ってたんだ。」

子「何で?」

父「いや、一応、父さんも、椅子を作ってみようかなって。」

子「ああ!それで先に作業台を!?そうか、そうすればもっときれいに、簡単に作れたんだ!」

父「そう……なんだよ。」

子「確かに、作業台は見せる物でもないし、そのくらい雑でもいいし。うん、さすが父さん、手を抜けるとこは抜いて、必要なとこに力を入れるってことだね。」

父「うん、でももうこれ、要らなくなっちゃったな。」

子「え、作らないの椅子。」

父「うん、たかしの椅子、よくできてるから。」

子「そうなんだ。ありがとう。じゃあ、僕、これ、仕上げてくるね。」

父「うん、頑張って。」


子、 はける。


父「要らなくなっちゃたな。」


【3―2】


男1「ありがとうございます、一人にしてくれて。感傷っていいですね。傷って字を使ってるのがいい。傷ついてるんですかね。自傷行為が、こんなに魅力的だなんて。さて、この椅子の、というより、この椅子を通して、僕の青春を見せましょう。しばし、お付き合いを。」

男2「脚本は、これで決定でいいかな。」

男1「高校二年生の秋公演、部長が、取りまとめた。僕は別の脚本に投票していた。」

男2「反論もなさそうだし、これに決定で。」

男1「僕の好みではなかった。正直やりたいとは思えなかった。ただへらへらして、波風立てたくなくて、反論もしなかった。」

男2「じゃあ、脚本も決まったし、役職決めだな。」

男1「やる気が出なかった。」

男2「音響と照明は、いつもの二人でいいだろ。」

男1「何時もの二人の内の一人は僕だった。もう一人は彼だった。」

男2「大道具も。」

男1「僕になった。そもそも、僕と彼以外は裏方志望がいなくて、これは既定路線だった。」

男2「演出は……。」

男1「彼になった。既定路線、惰性ともいう。」

男2「じゃあ、明後日役者選で。」

男1「はーい。と、皆言った。二年の冬にもなればなれたものだ。流れ作業だ。僕もそれに混ざって、はーい、言った。正直、誰がなっても同じだと思っていた。」

男2「じゃあ、裏方は、俺とお前は、まあいつも通り、各々で、よろしく。」

男1「はーい。と、へらへらしながら言った。」

男2「裏方のすり合わせは、まあ、部活の合間に。」

男1「了解。平常運転。部活の時間は役者の為の物だ。」

男2「じゃあ、今日は、解散。」

男1「バイバイ、バイバイ、バイバイ、皆ぞろぞろと帰って行った。皆いなくなった部室で、カギを返す役目を負った彼と、そんな彼を待つ僕だけになった。」

男2「なあ、どれに投票した?」

男1「天野の書いた奴。」

男2「だよなあ、俺も。」

男1「彼はへらへらと言った。そうだよな。僕もへらへらしながら言った。」

男2「ちょっと待ってて、すぐ返してくるから。」

男1「帰り道、二人で、今日出た脚本について、あれこれ言った。熱が出て、まじめ腐った顔して言った。星がきれいだった。」


【1―2】


椅子「さあ、お久しぶりでございます。誰でしょう。そう、椅子です。君たちが忘れないように、私はこの事実を繰り返し言わなければならない。私は椅子だ。そして、また、これも、すぐ忘れそうになるので、繰り返し声を大きくして言わねばならないのだが、今公演の主役は私です。さて、だから、これから話すことが本筋になる訳です。宇宙の中心には何があるのか。想像してください。広大無辺に広がる宇宙。あまたの星と、あまたの生命、あまたの時間を内包する大宇宙、その中心。ある人が言いました、宇宙の中心には椅子があるのだ、と。ふふ、与太話です。頭がおかしい。曰く、宇宙の中心とは物理的中心であるにとどまらず、宇宙の肝心要、その意味での中心でもあるはずなのだ、と。そこには椅子があるはずだ、宇宙の王が座るための玉座が。」


【2―3】


早口で、流しめに。


子「ねえ、父さん。」

父「何?」

子「父さんって、椅子作れる?」

父「何で?」

子「学校の授業でさ。」

父「変な授業だな。」

子「何をどうすればいいか分かんなくて。」

父「それで教えて欲しいのか。」

子「作り方わかる?」

父「うーんそうだなあ、ちょっと待ってろ。」

子「うん!」


子はけ、父椅子を作る。


父「おーい、たかし、ちょっと来れるか?」


子、 来る。


子「何父さん?」

父「ほら、この前言ってた、椅子のやつ。」

子「ああ、あれ!」

父「父さんちょっと作ってみたんだ。」

子「ほんとだ!すごい椅子だ!」

父「ふふ、座ってみるか?」

子「いいの?すごい。さすが父さん。」


子が座ると、椅子が壊れる。


子「痛!」

父「大丈夫か!?」

子「……うん、大丈夫。」

父「けがは?」

子「数か所の打撲と、擦過傷が一部、失血多少。」

父「ごめん、今すぐ消毒を。」

子「父さん、消毒はしない方がいいんだよ。」

父「でも。」

子「古い知識だね。水で患部を洗って、清潔にするだけの方がいいんだよ。」

父「じゃあ、洗いに行こう!」

子「……そのくらい、一人でできるよ。」

父「……そっか。ごめんな。」

子「大丈夫。」


子のはける背中に、謝罪する父。椅子を見つめる。


【1―3】


椅子「うう、痛そうだ。あんなバキバキになって。かわいそうな椅子。あ、どうも、椅子です。主人公です。さて、なんの伏線回収でもないし、種明かしでもないんですけど、先ほどの妄言を吐いたのは僕を作った椅子職人。そう、彼は椅子職人でした。家具職人でもなく、椅子職人。彼は、ただの一度も、その生涯において椅子以外のものを作ったことがない。ひたすら、一心不乱に椅子だけを作り続けた。幼少期、石をポンと積んだ。それに座った。それが彼の初めて作った椅子。それから、死ぬまで、椅子、椅子、椅子。木製、鉄製、パルプ性。大小さまざま、形もばらばらの種々の椅子。かれは常に椅子を作るために、手を動かすか、頭を動かすかしていた。万を軽く超える数でしょう。椅子に取り憑かれていた。あんな妄想、宇宙の中心にある玉座の幻影も見た。いや、これは順序が逆かもしれない。幻影に駆られて椅子を作っていたのかもしれません。彼は、その妄執に囚われながらも、その存在を信じることができなかった。だから、彼は、作ろうとした。玉座を。彼は玉座の不存在とその可能性に耐えられなかった。玉座を作り、そして、それを宇宙の中心へと投げる。それができれば、もう、疑う必要もない。神の不存在におびえる必要もない。彼は救われる。だから、彼はひたすらに椅子を作り続けた。手を変え品を変え。彼の持てる限りの技術と、発想とを注いで、王の椅子にふさわしいものを生み出すために。その過程で私を作った。そして、終ぞ完成を見ず。彼は妄執に首を絞められ、息を止めた。」


【3―3】


男1「僕は一人、椅子を作っていた。演劇部が使用していた大道具倉庫の前。一人黙々と、長さを測り、線を引いて、のこぎりで切って。部材が集まれば組み立てる……ああ、ずれた。線はよくずれる。長さは正確じゃないといけない……またずれた。なんでずれるんだ。くそ。木自体がまっすぐでないことも多い。ある程度は仕方ない。大道具の作業中は基本一人だ。うちは小さな部活だったから、役者に四人ほど割くと、もう、裏方はぎりぎりだ。だから、大道具は一人。僕が全部やっていた。どんなものを作るのか、どのように作るのか。すごく自由だった。お金のことも、そこまで気にしなくてよかった。部室では今頃、役者たちが練習してる。演出の彼はきっと、へらへらしながら、四苦八苦してる。部室に僕の仕事はない。暇だ。部室は居心地が悪い。いつも逃げるように、倉庫に来る。気を遣う相手がいない。木材は、工具は客体でしかない。僕の主体は揺るがない……ああ、またずれた。」


【2―4】


子「父さん!椅子!」

父「おう!」


子、逃げるようにはける。父、椅子を作る。


子、 ゲームをしながら入ってくる。


父「あ、たかし、今いいか?」

子「今ゲームしてる。」

父「ほらこの前言ってた椅子。」

子「大事なとこなの。後でいい?」

父「……すまん。」


【3―4】


男1「線が引けたら、のこぎりの出番だ。僕は、この作業が一番好きだった。大道具は基本楽しかったけど、木を切る作業は一入だった。目が悪かった。眼鏡をかけてたけど、ピント以外の部分も悪かったから、ぐっと、木に顔ごと近づけて、睨みつけるように、線を見ていた。君たちから見ればきっと、今の僕は不格好だろう。相当、情けない姿勢に、顔は、恥も外聞もない、ただ木を切ることにのみ注力していた。それでよかった。倉庫前は僕だけしかいない。高校の裏手、人影はない。僕と、道具と、材料だけの世界だ。線、細く、濃く引いた線。横引きの鋸刃を線の右側、角に当て、添えた左手の人差し指で、支える。持ち手は短く。最初が肝心だ。一太刀めさえ決まれば後はそれに続くだけ。すーと、息を吐く。腹筋が引き締まる。くっと息を止め、右手をざっと、前に押す。慎重に、しかし勢いをつけて。木材に、確かな傷がつく。そこに、沿わせ、二度三度、傷を深くすれば、もう、大丈夫。持ち手を長くとって、押し、引き、押し、引き。鋸は刃の方向からして引く際に繊維を絶つ。引く時に、気持ち力を込めて。だがそんなに力はいらない。むしろ邪魔だ。力を入れれば早く切れるが刃先がぶれる。軽く、重力に、少し足す程度にとどめて。押し、引き、押し、引き。ギコギコ、どんどん、どんどん、削れていく。どんどん、どんどん、集中する。右前腕が熱を帯びる。痛い、痛い。痛さが、どんどん、どんどん。無視してふるう。一本二本、三本、四本、部材が積み重なる。まだ、まだ、切るべきものは多い。さあ―。」

男2「おーい。おーい。おーい!」

男1「ああ……どうしたの?」

男2「いや、調子どうかなって。進んでる?」

男1「まあまあ。」

男2「何作ってんの?」

男1「椅子。」

男2「椅子?」

男1「ほら、今回カフェじゃん。」

男2「ああ。」

男1「学校の椅子じゃイメージが。」

男2「そうだな。」

男1「で、作ってんの。」

男2「へえ、すげえ。後どのくらい?」

男1「二脚作るから、結構。」

男2「そっか。あと、カウンター頼むって。」

男1「……ああ、了解。」

男2「頼んだ。なんか手伝うことある?」

男1「……いや、ないよ。」

男2「そう?」

男1「うん。」

男2「じゃあ、部室戻るわ。終わりごろには戻れよ。」

男1「うん。頑張れ、演出。」

男2「うん、頑張る。」

男1「仕事なんてたくさんあった。だが任せられなかった。妥協に思えていた。カフェの劇、椅子がいる、それは確かだ。しかし、僕の作った椅子、どうにも、そんな風情ではない。ただ、作りたくて、作っていた。劇のクオリティなんか考えもせずに、ただただ、組木とかしたい、椅子作ってみたい、木を切りたい、ドライバー使いたい、それで、作ってしまった。」


【2―5】


子「父さん、椅子お願い。」

父「がってんしょうち。」


父「ふう、疲れた、いったん休憩。」


子、来る。


父「たかし、丁度いいところに。ほら、椅子、前言ってたやつ。」

子「……良いんじゃない。」

父「……そう。」

子「ありがと。」

父「結構作り方とか分かったからさ、父さん手伝ったげるから、一緒に作ろっか。」

子「いや、これでいいんじゃない?」

父「え、でも、自分の力でやらないと。」

子「めんどくさいしさ、これでいいよ。あ、持ってくのも面倒だからさ、次の月曜、送ってよ、車で。じゃあ、よろしく。」


子、 はける。


【3―5】


男1「完成した椅子は酷い出来だった。カウンター作りには、全く興がのらず、ベニヤ二枚を茶色に塗って、学校の机にガムテープで張り付けた。劇の出来は、僕の大道具と同じように酷かった。部員たちは、みな、へらへらしていた。僕の大道具も、へらへらと褒められた。僕も、へらへらと、良い劇だった、なんて言った。この椅子は、僕の、駄目駄目だった、それでも楽しかった青春の、演劇のその結晶。公演の後は倉庫に、ポンと置いておいた。作業台にでもなるだろうと。大学生になった今でもたまに思い出す。後悔もする。」


【1―4】


椅子「椅子だよ。そして当然に主人公だよ。私の制作者は、まあ、非業の死を遂げたのだが、私は、そして、彼の作った玉座の出来損ないたちは、今もこうして残っている。さて、椅子というのはなんだろうか。これはつまり、君たちにとっての人間とは何かという問いに同じだ。椅子。一口に椅子と言ってもその様態は多岐にわたる。学校の椅子、背もたれのあるものないもの、パイプ椅子、ベンチ、箱をポンと置いただけのようなもの。人間椅子なんて代物もある。座れれば椅子なのか。機能にか、その目的にか。どこに、椅子の本質があるのだろうか。私を見よ!これが椅子か!自立し、喋り、思考する。挙句に自己の存在を疑う。さあ、これが椅子と言えるのか!こんなものが!お前たちの座っている、それも椅子だ。そいつらは喋るのか、考えるのか。私を唯一椅子たらしめるのは、私の制作者が、生涯に椅子のみを作っていたという事実。椅子とはなんだ。私は椅子なのだ。事実として椅子なのだ。だから、間違っているのは、私たちの椅子に対する認識なのだ。大地は椅子か?雲は椅子か?風は、花は、犬は?君は椅子か?宇宙は椅子か?」


【2―6】


父、椅子を作っている。


父「これもダメだ、汚い。もっときれいに、丁寧に。くそ、寸法ずれた。やり直しだ。たかしに、良いところを見せるんだ。頭痛い。違う、できる。失敗なんかしない。作れる。これじゃあ、駄目だ、ちゃんとしないと、また。また?また……なんだ?頭痛い。」

子「何してるの?父さん。」

父「ああ、たかし、ほら、前言ってた、椅子。」

子「椅子?」

父「授業で先生が作って来いって。」

子「何言ってんの。そんな変な授業ないよ。」

父「え?」

子「こんなに、いっぱい椅子作って何してんの。」

父「授業で使うって……。」

子「頭おかしいよ。」

父「いや、お前が言ったんだ。言ったはずだ。」

子「ちょっと、疲れてるんだよ。休みな。」

父「いや!確かに言ってた!」

子「ちょ、危ない!」


父、暴れる。子、逃げるようにはける。


父「はあ、はあ、そんな、言ってたはずだ。おかしい。おかしい、そんな授業ある訳ない。でも、じゃあなんで作ってんだ。はあ。たしか、椅子作って、出来て、それで、失敗した?いや、してない。そんなはずない。ああ、もうわけわからない。頭痛い。くそ、駄目だ、もう。」


椅子を一つ中央に置いて、上り、縄を首にかけるふり。


【3―6】


男1「『もしもし、部長、どうしたの?』着信の相手は部長だった。母校の演劇部を見に行かないかだって。後輩が音響機器の使い方に苦戦していると。それで、僕に。照明の彼も、裏方関係一括で、軽く教えてくれと。『うん、行くよ。後輩の為だし。結構変わったらしいね。あの工事してたとこ完成したって。グラウンド、砂じゃなくなったの?すご。お金かかってそう。うん、楽しみ。』高校への訪問は少し緊張した。音響機器の説明は、実践すれば、すんなり理解してもらえた。文字では難しかったらしい。映像に残した。倉庫に行ってみた。相変わらず、人の寄り付かない、人目のない、孤立した場所だった。じめったい、かびくさい、倉庫の中。扉を開けた時に舞った埃に、陽の光が当たって、見づらい。その奥の方に、大道具が、ごちゃっと積んであって、汚く、積んであって。その下の方に、無造作に、僕の作った椅子が木の端材なんかと同じように、ぞんざいに。僕の青春が。灰色の埃にまみれて、ああ、僕のシンデレラ。今助けてあげる。どのようにかは、あまり覚えていない。ただ、今、この手に、ここに、僕の椅子がある。」


【2―7】


子「ねえ、父さん。」

父「何?」

子「父さんって、椅子作れる?」

父「椅子?」

子「椅子。」

父「何で?」

子「学校の授業でさ。」

父「変な授業だな。」

子「何をどうすればいいか分かんなくて。」

父「それで教えて欲しいのか。」

子「作り方わかる?」

父「ふふ、実は、そう言うだろうと思って、もう作ってます!」

子「え!なんで!?すごい。なんで、椅子要るってわかったの!」

父「……なんでだろうな。」

子「すごい、すごいよ、こんな椅子、プロじゃん。」

父「ふふ、頑張った甲斐があったよ。」

子「すごいよ父さん。」

父「それじゃあ、授業に持っていく用のやつ、一緒に作ろうか。」

子「うん、ありがとう!頑張る!」


【1―5】


椅子「答えは出たかな。彼らもまた椅子に囚われたものたちだ。私の父親に似ている。まなざしが似ている。父親の、彼の魂はきっと、未だ椅子に執着し苦しんでいるだろう。私には彼を救う方法がない。所詮は椅子だ。彼を救えるとしたら、同様の妄執に囚われた、人間たちだけだろう。椅子、椅子。ああ、愛おしい椅子。苦難の住人たる椅子。人とともにあれ。座られよ。」

終わり

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