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好きになってもいいですか。


好きってどこから現れるの
空から降ってくる?
遠くから歩いてくる?
もしかして松葉杖ついてたりするのかな

鴨がネギ背負ってくるって非現実的なことわざがあるように、好きが松葉杖ついてくるってのあってもおかしくないよね

2月
この家を出る。
何もない状態だと、こんなに狭かったのかと驚かされると同時に、うまく部屋づくりできたんだなと自分に関心する。
退去費用として提示された7万円に納得がいかず、国交省のガイドラインに記載の内容を指摘すると、最終的にはゼロになった。
スーモで見つけたいい物件。住所、マンション名を調べてみると、管理会社のHPが見つかり、『当社の管理する物件は全て自社管理物件で
仲介手数料は一切かかりません。』と記載されていた。
それを見たうえで仲介会社に初期費用を問い合わせてみると、当たり前のように仲介手数料1か月分の記載があった。
HPの件を含めて問い合わせると、今回は特別に無しで大丈夫です、と手のひらを返すので、何が特別やねんと、意地悪したくなった。『仲介手数料がかからないのであれば、御社にメリットはないと思うので、管理会社へ直接お話してもいいですか。』借主から仲介手数料が得られないのであれば、この会社はどこで利益を得ているんだろう。まだうま味があるから、食い下がるのだろう。介す必要のない会社にお金が落ちるのは気に食わない。言葉を濁すばかりで納得のいく回答が得られなかったので無視して直接契約をした。
あの業界は濡れ手で粟を掴みすぎている。素人が少し調べたら露見する嘘しかつけなくて、特別なスキルは何もないのに、恥ずかしくないの。

新しい家はとてもいい場所にある。
立地と階層の割には家賃も安く、周りにはいい感じの個人店が多くある。
良い店とそうでない店の違いが分かりやすいのがいい。
お昼は日替わりランチしかないのもいい。
日曜日にはお休みのお店が多いのもいい。
日中は活気があるのもいい。
夜は人の気配がほとんど感じられないのはもっといい。
10分歩けばちょっとしたショッピングモール。とにかく気に入っている。

悪いところを上げるとすれば、思ったよりも観光地であったこと。
インスタで紹介されているカフェにはいつも行列ができている。ものの本質と交通ルールを知らない彼らは我物顔で電動キックボードを乗り回し、頭の悪さを必死にアピールしている。

ゆるくカールし伸びた髪も、ここではとてもよく馴染む。1年ぶりにあった同期に、待ち合わせ場所で素通りされるくらいには別人らしい。髪を伸ばしてからは今までとは違うタイプの人に好かれるようになった。金髪のあの子は、飛行機の顔で型番が分かるという特殊な特技で笑わせてくれたり、大人になったばかりの派手なあの子は、見た目の割に純粋だし、誰に似てると言われるかの問いに対して、へらへら三銃士のれなと答え、時代の移り変わりに恐怖を覚えさせてくれた。職業を知らずに会った3歳年上のスナックのママは、いたく僕を気に入ってくれて、仕事終わりの深夜、毎日のようにタクシーで押しかけ、お酒の匂いと共に愛を叫んでくれて参ったりもしたが、一定の楽しさはあった。特にこのママは基本酔っ払いで何も考えてないような底抜けの明るさがあるのに、バレないように人を細かく分析していて、ことある事にドキッとさせられるひと言を言ってくる。『お客さんはヤレそうでヤレない私とセックスしたくて、お金払って私にお酒飲ませてるのに、今日初めて会った君がこんなことしてるのバレたら、殺されちゃうよ』
背中にな大きな赤い薔薇が咲いていた。

ある日、仲の良い友達から連絡があって、お邪魔した味のある古い一軒家。出産祝いはリクエストされたもの。消耗品だから安いやつでいい何度も言われていたけれど、百貨店にあった一番高いやつにした。
海外へ転勤になるらしい。
この家に引っ越してもいいですか。
買ったばかりの冷蔵庫や洗濯機、テレビとソファおいてくねって。
多分冗談だと思われていただろうけど、僕は本気だった。
不動産屋に取り次いでもらって、改めて中を見たら、古くてあまり手が入っていないから、いけてないところも沢山あったけど、その分やりがいもあるなってワクワクした。
海外から輸入したド派手な壁紙でレイアウトしたかっこいい部屋で、かっこいい椅子とか机作りたい。既存のものより、合理的で拡張性のある長く使えるものや、そんな機能いつ使うんっていうような全くの無駄なものを作りたい。昔からやってみたかったことのひとつ。知ってた?木って曲げれるんだって。ちょうど良いタイミングだ。みんなを切って、これを生業に1人と猫1匹で生きていこう。

そんな5月の後半、近くのタワマンに植えられているアジサイは青から紫へ、綺麗なグラデーションで咲いている。土のpHで色が変わるそうなので、きっとそう見えるように調整しているのだろう。エントランスにも細やかな気遣いがなされているのがいいマンションの条件のひとつだと思う。

いいマンションの向かいには新しいコンビニがある。無難なアイスしか置いてないので僕はあまり好きじゃない。そこが家から1番近いのに、わざわざ少し離れたコンビニに行く。道中の画廊に飾られた絵を眺めては、上手ですね以外の感情が湧かない夜道、食べるアイス。冷たい、甘い。薄れた感情にも悲しまなくなって久しい今日、突然現れた君。

綺麗な髪。ニコニコと初対面とは思えない笑顔を僕に向けてくる。好きではないコンビニに君がいた。お酒の香りとフラフラの足取り、凛々しいであろう顔はニコニコと緩みっぱなしで万人に愛嬌を振り撒きながら可愛らしく照らされていた。可愛くて直視できないから、なるべく前を見て歩いていた。

僕は人の話を聞くのが得意だから、この日も君の話を聞くつもりだった。ところが君は、僕のスキルを持ち前の大胆さと愛嬌でかわし、僕に質問責めをする。そしてその答えに一喜一憂し、涙まで流すのであった。

なんとも掴めない性格だなと僕は首を傾げていた。僕は相手を褒めることをもう何年も繰り返してきた。いつしか思ってもないことも簡単に言えるようになってしまった。君も仕事柄、多くの人と関わっているので相手を気持ちよくさせるのが上手で、その自負もあったのだろう。君の口から出る言葉は昔の自分を見ているようで、全く信用できなかった。実際、この時はそこまで熱量をもっていなかったと今でも思う。

それでも、僕の話に口を挟まず聞いてくれたり、言葉ひとつひとつを丁寧に選んでいたり、随所から感じられる気を遣わせない気遣い。それが習慣付いている君の知性に僕は惹かれていた。

君は出勤を諦め、僕は仕事そのものを諦めて、2人でベットの上で過ごした。オンラインでの会議に参加する君の立ち振る舞いは、僕の感情を後押しするのに充分すぎるインパクトがあった。押すところ受けるとこを的確に判断し、相槌ひとつ無駄がなく、目的まで辿り着く、鮮やかで美しさすら感じるものだった。
今までこんな感情を抱いたことはなかった。昨日の夜はあんなにヘロヘロだったのに、こんな顔もあるのか。あーあ、やっぱり僕は惹かれてしまったな。確信した瞬間だった。

会う前から、メッセージで喧嘩をした。
僕にとっては前代未聞の出来事だけど、向こうが仕掛けてきたのだ。なんなんだこいつは、そう思ってやり取りを続け、最後は不毛だなとゴニョゴニョで終わらせた。

そんなやり取りから1ヶ月後、なんとなく目に入った君にもう一度メッセージを送ってみた。途端に煽ってくる。またかよこの京都人がよ、と煽り返す。途中で嫌になる。なんでそんな嫌なこと言うの?驚いたことに嫌味じゃなくて、本気でそう言っているらしい。はあ?そんなことある?え、本気で言ってる?いやいや、えまじ?なんかごめん。。。だとしたら君めちゃくちゃいい子じゃない?え?やばいのは僕の方??こんないい子ほんまにおるん?

これがきっかけ。

最初からちょっと惹かれてた。
会ったら好きになりそうやなって怖かった。
だから会いたくなくて約束を反故にした。
それなのにタイミングの妙で会ってしまった。
いろんな人と遊んでいた君は1人ずつ終わらせていき、それを隠す事なく僕にさらけ出してくれた。
私は行動で示すね、キリと言う君に、本気で向き合わないといけないなと思うようになった。


そこからは大変だった。
雪だるま式に膨らむ感情を抑えて過ごす日々。
やりとりも控えめに、あまり好きになりすぎないように。あくまで冷静に、悲観的にならないように。

いつもこうだ。
諦めたときにやってくる。
もうそんなつもりはなかったんだ。
家具職人になって自分の作ったものたちと、長毛の猫と共に
生きていくはずだったのに。
諦めたふりして、いざ手元に来たら欲しがるなんて都合のいいことしていいの。浮かれる自分を、もう1人の冷めた自分が見ているぞ。

でも君が好き。
強さも弱さも兼ね備えてる君が。
キッチリしてるけどダメダメな君が。
もっと君を甘やかしたい。
もっと君を楽しませたい。
君の期待に応えたい。

こんな僕でも好きになってもいいですか。

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