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「足りないから、輝く」第3話

【第3話】
虫のいいワタシ(3977文字)

○通学路、学校付近の住宅街(朝)

 住宅地には学校へ登校中の生徒がたくさん歩いており、騒がしい。
 佐々木もその中の一人だった。人よりも早いスピードで、歩いて登校している。

「おはっ!」

 元気な声が佐々木のことを呼んだ。背後から、小翠が駆け寄ってくる。

「……っす」

 眠たげに目を擦りながら、挨拶を返す佐々木。

「昨日のライブ……ありがとね」
「やる気が漲ったっていうか……歌詞作りのモチベーションが上がったよ!」
「へえ、そりゃよかった。で、進捗はどうなんだ?」
「…………全然進まない」

 明るかった小翠は「ずーんっ」と一気に表情を変えて落ち込んだ。歩き方もフラフラの千鳥足になる。

「どんなことをテーマに歌詞を書けばいいのか、一歩目が難しくてさ……」
「取っ掛かりみたいなのってないかな?」
「そんなモン知るか!」
「うぇ……」

 佐々木は気迫のある物言いで断言した。

「だってそうだろ? アタシが聴きたいのは、小翠自身のリアルな歌詞リリックだからな」
「リアル……」

 佐々木の言葉を反芻する小翠。

「小翠だからこそ書ける歌詞リリックを探すんだ」
「そして、それを見つけられるのは己しかいない。……お前は、何を歌いたいんだ?」
「私が、歌いたいこと…」

【回想開始・1話】

○学校の屋上前の踊り場(夕方)

 1話にて「いま、楽しいです!」と宣言するシーンをパッと頭に思い浮かべる。

【回想終了】

「リアルっていうのは、まだ分かっていないけど」
「あのとき、佐々木ちゃんに見せた歌詞。自分自身と向き合った歌詞は、飾らない私そのものだったと思う」

 小翠は胸に手を当てて、言った。

「じゃあ、決まりだな」
「その方向性で、まずは言いたいことを改めて歌詞リリックにまとめろよ」
「うん。ありがと」

 ニカッっと笑う佐々木に、小翠は明るく笑い返した。

○学校、教室前の廊下

 朝のホームルーム前。生徒たちが、次々と登校してきている。

「じゃあ、放課後は――」

 小翠と佐々木が歩いていると、廊下の向かい側から三人の女子生徒が歩いてくる。
 思わず、言葉が途切れる小翠。

「あ……」

 歩いてきたのは、1話にて小翠と仲良くしていた三人の友人たちだった。
 小翠は三人を視界に捉えて、ビクッと身体を震わせる。

「……」

 三人とも小翠の顔すら見ずに、教室へ入っていく。

「大丈夫か?」

 真っ青な顔で停止した小翠に、声を掛ける佐々木。

「う、うん。大丈夫…」

 愛想笑いをした後に、小翠たちも教室に入っていく。

「…………ばか」

 佐々木は、そんな小翠のことを見てぶっきらぼうに呟いた。

【回想開始・1話~1話後】

○学校からの帰り道。住宅街(夕方)

 1話にて、佐々木の曲を褒めて、自宅へと走り出すシーンの回想。

『あの日から、友人たちとは話せていない』

○学校の教室(朝)

 翌朝。学校の教室で友人たちに挨拶しようとしたら、無視される小翠。

『私は選択したのだ。自分を貫くために、友人を遠ざけた』
『心の苦しみに、後悔はない』

【回想終了】

○学校の教室(夕方)

 放課後になり、生徒たちが帰り支度を始めている。

「あれ?」

 小翠は佐々木が席にいないことに気付いた。しかし、帰ってはいないようで、学生鞄は机の上に置かれている。

「?」

 小翠は廊下に出て、辺りを見回しながら佐々木を探す。すると、屋上に続く階段の上から、佐々木の声が聞えてくる。

「あ、佐々木……」

 階段の方を覗くと、踊り場で佐々木と友人三人が言い合いをしていた。
 小翠は思わず口を塞いで、踊り場から見えないように壁に沿って身を隠す。

「別に、お前には関係ないだろ!」

 友人の一人が、佐々木に向かって怒鳴る。

「だから言ってるんだ。アタシは関係ないのに、小翠と険悪になる必要はない」
「ちっ…。お前みたいなのが出てきたから、こうなったんだろ!」

 佐々木も友人たちも、険しい顔をしている。

「アタシと小翠は違うぞ。アタシのことが嫌いだからって、アイツのことまで無視しなくていいはずだ」
「だって友達なんだろ?」
「ッ!」

 友人の一人が、佐々木の顔に躊躇なくビンタをする。

「やりすぎだって」

 周りの友人が間に入るも、険悪な雰囲気は変わらない。

「カラオケんときみたいに手ぇ出してこないのかよ!」
「今回はアイツのために言ってるからな」
「くっ!」

 一歩も引かない佐々木に嫌気が差して、友人は階段を降りてその場から去る。

「ちょ、待ちなって!」

 追いかける、仲間たち。
 階段を降りると、小翠とバッタリ出くわしてしまう。

「あ……」

 小翠と友人たちは目が合うも、何も言わずに走り去っていく。

「…………………」

 小翠は寂しそうに、肩を丸めながら俯く。
 そこに、佐々木が階段を降りてやってきた。

「佐々木ちゃん……」
「お前もお前だ。アイツらと、どうなりたいんだよ」
「私は佐々木ちゃんと仲良くできれば、それで……」
「私じゃない。アイツらのことを聞いているんだ」
「…………」

 小翠は口を閉じて俯いてしまった。

「自分自身と向き合った歌詞リリックを書きたいって言ったよな?」

 小翠は、コクリと頷く。

「前に歌詞リリックを見せてくれたときは、自分の気持ちをアタシにぶつけただけだった」
「けど、今度は違う。世界中にぶつけるんだぞ」

 俯いた小翠の顎を持って、無理やり顔を上げさせる佐々木。その顔は今にも泣きそうだった。

「近くの友達に気持ちを伝えられなくて、世界中の誰に伝えられるんだ」

 けれど佐々木は容赦をしない。真正面から、小翠に告げる。

「……怖いです。本当の気持ちでお喋りするのが、不安でたまらない」

 涙をポロポロと流した小翠は、顔をくしゃくしゃにして言う。

「アタシは、お前のことが嫌いだった」

 佐々木が服の袖を使い、小翠の流した涙を拭う。

「そんな私が小翠に歌詞リリックを書いてこいって言ったのは、なんでだと思う?」
「………わかんない」

 小翠が首を振って、答える。

「アタシの作ったトラックを、本心で聴きたいと言ってくれたから」
「そして、褒めてくれたからだ」

 目を逸らして、顔を仄かに赤くする佐々木。

「嬉しかったんだ。アタシは……」

 佐々木は温かな笑みを浮かべた。

「動画サイトを見りゃ分かるけど、再生数は少ない。感想を貰うなんてめったになかった」
「けど、小翠は褒めてくれた。アタシがカッコイイって思って作ったものを……」

 鼻を啜って、なんとか涙をこらえようとする小翠。

「アタシがいいと思ったモンを、いいと言ってくれる。そんなヤツが書いた歌詞リリックに興味があったんだよ」
「でも、えっと……」
「つまり!」

 言いたいことが分からず戸惑う小翠に、佐々木はピンと人差し指を立てて告げる。

「一つの嫌いな部分があっても、一つの好きな部分だってあるはずだ。合わない部分があるからって、好きが消えるわけじゃないよな」
「アタシ、小翠のこと散々ディスってたけど仲良くなれたろ?」
「あの子たちとは、そういうノリじゃ――」

 小翠の弱気な言葉は、佐々木によって遮られた。

「お前は、どうしたいんだ!」
「また仲良くやりたいんじゃないのか? 臆病になって、その気持ちから逃げるなよ!」
「――――」

 小翠の姿勢がビシッと真っ直ぐになり、全身に力が入る。

「私……ちょっと、行ってくる!」

 廊下を走って、友人たちの後を追う。
 小翠の背中が見えなくなると、佐々木は静かに呟いた。

「がんばれ」

○学校の正門付近

 友人たち三人は、正門を抜けて帰ろうとしていた。雰囲気は暗く、会話ない。

「みんな!」

 背後から走ってきた小翠が、大きな声で呼び止める。
 友人たちが足を止めて振り返ると、小翠は呼吸を荒くして止まっていた。

「ちょ…っと、まって……」

 小翠は大きく深呼吸をして、息を整える。
 そんな様子を友人たちは、冷ややかな目で見ていた。

「なんだよ」

 敵意を持った言葉が、小翠に突き刺さる。けれど、彼女は怯まなかった。

「ごめんなさい!」

 深々と頭を下げて、謝罪をする小翠。

「みんなに合わせるばかりで、自分の意見を言えずにいた。だから――」
「今更なに言ってんだよッ!」

 友人の中の一人、佐々木にビンタをした女子生徒が小翠に怒鳴る。

「若歌は佐々木のことを選んだ。ずっと一緒にいたアタシらのこと裏切ったんだ!」
「そんなこと……」
「ちゃんと考えたことあるか? 選択するってことは片方を切り捨てるってこと…」
「選ぶと捨てるはイコールなんだよ!」

 拳を握って叫ぶ友人に、小翠は冷静に対面して話し出す。

「そう思われても仕方ないかもしれない」
「でも、私は友達って選択するものだと思ってないの」

 力強く一歩踏み出して、友人たちに近づく小翠。

「私は佐々木ちゃんとも、みんなとも仲良くしたいっ!」

 頭を下げた小翠は、精一杯お願いをする。

「そーやってアタシらに頭下げるなんて、虫がいいんだよ!」
「そんな虫がいい私と仲良くしてほしいんだ!」
「今までの私じゃなくて、本心を隠さない私と友達になって欲しい!」

 友人たちの反論にも屈することなく、覇気のこもった言葉を投げる小翠。
 そんな彼女の言葉に、友人たちは釘付けになる。

「紅葉! 葵! 真白!」
「――――っ!」

 小翠が一人ずつ友人たちの名前を呼ぶ。
 友人たちは、自分の名前が呼ばれるとハッした表情で胸を打たれる。

「……友達なんて言葉にしてしまえば、ただの記号だ。私はどうでもいい」

 紅葉と名前を呼ばれた女子生徒が、ポツリと呟く。

「だから、素の小翠若歌が楽しかったら一緒にいてやるよ」

 少し恥ずかしそうに、ぶっきらぼうに言う紅葉。

「そういうもんだろ」
「――うん!」

 友人たち三人の中に、小翠が入っていく。
 四人に戻って、楽しく下校し始めた。

『三人の輪の中に入ったとき、初めてこんなことを思った』
『歌詞が書きたい!』
『今なら、書ける気がするって!』

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