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異形者たちの天下最終話-2

最終話-2 逢魔ヶ刻に傀儡は奏で、木偶が舞う

 天下を巡りドロドロとした確執の末に豊臣家は滅亡し、徳川家が最後の覇者として残った。その手荒で雑多に急いだ天下取りは、矛盾ややり残しを覆い隠してごまかすことで、盤石を吹聴していた。
 もし、ここで、死んだ筈の何者かが顔を覗かせたら……。
 動乱の時代ならば、そんなことに一々驚いてはいられない。逍遥と受け止められたろう。しかし家康が死んで戦国乱世を生き抜いてきた生粋の戦国武将は、最後の一戦に華々しく散ったか、年老いて床に伏した。壮健な戦国の漢たちは残り少ない。
 秀忠のブレーンは文官上がりが多いのだ。頭の固い連中である。生きた死人の存在が公になったら、幕府の者どもは慌てふためくだろう。
 そう思うと、つい悪戯心が疼く輩もいる。
「やめておけよ。そうやって戯れるのは」
 温暖な太陽を浴びながら横たわり、悪戯な若者を諫めるのは、すっかり陽に焼けた島左近である。そして悪戯を見透かされて照れ笑いしているのは、猿飛佐助だ。佐助が描いた悪戯は、豊臣秀頼が再び挙兵したら
「上方はみんな靡くだろな」
というものだった。
 無論、天下は騒然だ。こんなのは悪戯で済まされるものではない。
「三成の殿が心安んじるためにも、もう秀頼君には豊臣の冠を捨てて頂くしかない。戦国は終わったのだ」
 左近の傍らには真田大助信昌がいる。秀頼はいま仮屋敷のなかで眠っている。彼らは薩摩の片隅で、忘れ去られた戦国の孤児として無為に生き長らえていた。
 この世に身の置き所がない連中、島津の中枢以外は知るところではない。
 今となっては天下の孤児である秀頼が生きていける処など、この倭の国の何処にあろうか。秀頼自身が秀頼であることを
「捨てて忘れる」
ことで別の誰かとなって生きていく以外、身を横たえることさえ叶わない。
 そんな秀頼を可哀相に思う者は、しかしここにはいない。皆、秀頼と同じ境遇の者たちなのだ。世間ではとっくに死んだことになっている者たちに、もはや還るべき故郷も会える友もない。
 だからだろうか。
 この国に一切未練のない彼らは、近々海の彼方へ冒険の旅に出ようと企んでいた。そう誘ったのは死んだと思われていたジョアン明石掃部頭全登だ。彼はやはり大坂の地獄から生き延びていたのである。彼自身、高山右近の没したマニラへ行くことが夢であったし、キリシタンやバテレンと緻密に連絡を取っているから、外国船に乗ることくらい造作もない。
「あとは秀頼公がその気になれば、いつでも出航だ」
 明石全登は胸の十字架を握りしめながら、照りつける太陽に目を細めていた。彼の家臣たちも皆キリシタンだ。密かに長崎や平戸へ赴き、バテレンと渡海の話し合いを進めている。話がまとまれば、彼らは吉報を握りしめて駆け戻ってくるだろう。
 これではまるで子供の小探検だ。
 小さな大冒険に出掛けようと企む、悪ガキどもの集まりそのものだ。そんな感覚で、秀頼を除く誰もが目を輝かせて機が到来するのを待っている。
「半蔵は行くのかな」
 ふと島左近が呟いた。
 服部半蔵はお六の始末をすると言い残して旅立ち、それを果たしてから未だに戻る気配がない。もしかしたら戻るつもりなど、始めからなかったのではないか。それはそれでいいと、左近は思っている。家康のことを憎んで憎んで、結局離れられないのは、半蔵自身ではあるまいか。近頃そんなことを考えるようになっていた左近である。
(そもそもが律儀な三河者だ。気持の割切りが上手な筈などない。むしろこの国に置いていく方が、半蔵にとって幸せなのではあるまいか)
 なんとなく、左近はそう思うのである。

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