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異形者たちの天下第4話-8

第4話-8 大坂という名の天国(ぱらいそ)

 二日経ち、三日目の朝が来た。
 猿飛佐助は《伊勢屋》の二階へ駆け上がると
「来た、来た、来た」
と叫んだ。その部屋には島左近と飛び加藤、それに服部半蔵が雑魚寝をしていた。なんだかんだ云いながら半蔵は《伊勢屋》にすっかり居着いてしまったのである。おかげで四人で当番を決めて、出羽からの廻船を湊で見張ることになった。
 佐助の言葉に真っ先に跳ね起きたのは島左近だ。
 二階から目を凝らすと、廻船の白い帆が海原に映える。その帆に染め抜かれた紋は
「扇に月丸」
だから、佐竹家のものに間違いない。三成が乗っているならこの船を於いて他にはなかった。
「乗っておりますかね」
 飛び加藤が他人事のような口調で呟いた。
「乗っているさ。これ以上遅れれば大坂の戦局が危うくなる。殿はそう判断しておられる筈だ」
 島左近は淡々と応えた。
 一同は手早く身繕いし湊へと急いだ。
 廻船はゆるやかに敦賀湊へ接岸し、戸板が渡されると人足たちが荷下ろしに取り掛かった。その慌ただしさから紛れるように、浪人風の男が密かに船から降り立った。
「殿」
 男を見つけて最初に声を掛けたのは島左近だった。男は振り返り、島左近の姿を品定めでもするかのように一頻り眺めてから
「よく生きていたな」
 そう云って嗚咽を漏らした。
 やや老けた表情をしていたが、確かに男は石田三成であった。島左近は三成を《伊勢屋》へと案内した。ややあって他の三人も《伊勢屋》に戻り、三成と対面した。
「左近まで生きていたとは嬉しい限りよ。今度こそ徳川に一泡吹かせてやろうぞ」
 温め酒を含みすっかり上機嫌になった石田三成は、大坂の戦局をしきりに訊ねてきた。しかし島左近は
「大坂城のことはどうか御忘れ召され」
 石田三成の挙動が止まり、ゆっくりと島左近をみた。
「殿はもう充分に豊臣に尽くされました。あとは心穏やかに余生を愉しまれるべきかと」
「……左近?」
「大坂の豊臣家はまやかしの御家。秀頼君は豊太閤の御子に非ず」
「なんだと」
「秀頼君のまことの父は大野修理。浅井家の頃から心通じ合っていた二人は豊太閤を謀り睦み合っていたのです」
 三成は身動き一つしなかった。
 この事実を理解するため、恐らく頭のなかは呻りを上げて激しく回転していることだろう。そしてその末に発した言葉は、やはり石田三成という人間そのものだった。
「胤がどうあれ、儂は殿下に秀頼君の行く末を託された者。殿下あっての石田治部、その遺言は無下には出来ぬ」
 島左近は落涙した。
 この清廉潔白ぶりはまさしく石田三成である。冷徹な官吏という陰口の裏には、こうした情熱と信念があった。武人として誉れ高い島左近が三成を主と敬う理由は、そこにある。
「ならばなおのこと、殿を世俗の修羅場へ晒すことは出来ませぬ」
 島左近は傍らの猿飛佐助に目配せした。
「真田左衛門佐の手の者ずら。主君より治部殿へ」
 そうして佐助は真田幸村の書状を差し出した。三成は震える手でそれを手にした。三成と幸村は義兄弟である。秀吉存命の頃から誼を通じてきた。この二人に上杉家臣・直江山城守兼継も加え、三人でよくこの国の未来を語り合ったものである。
 幸村の書状は懐かしさを愛おしむような甘美なものでは決してなかった。大坂城内の現実と、その正体が赤裸々に綴られていた。すっかり傀儡君主に祭り上げられ発言力はおろか自由な所作さえ許されない豊臣秀頼、その威光を傘に言いたい放題の淀殿と、増長する女官ども。淀の言いなりで戦さの駆引きも知らぬ大野兄弟を始めとする首脳陣、浪人たちの大半はキリシタン武士で、生きる事よりも殉教を強く願っていることなど、目を覆いたくなるような現状が感情の混じった文章で吐き出されていた。
 こんな指揮系統のなかで陣頭に立つ漢たちの多くは、ただ反骨のみで徳川と戦い、ただただ死に華を咲かせることだけを願っている。勝って豊臣の御世で栄達を望む輩は多くない。生に執着していたのは大坂城首脳陣やそれに依る女どもくらいであった。
 かくいう幸村も死に華を求めて大坂に参じた一人である。
 無論、そんな自暴自棄にも等しい合戦に駆り立てられる理由はあった。徳川への反骨や亡き父・昌幸の遺志というのも正当な理由だが、真実は別のところにある。実は長年に渡る九度山配流により、いまの幸村は死病に冒されていた。幸村の余命は幾ばくもない。
「ならば、天下を枕に野垂れ死にも一興」
 そんなことも記されていた。
『大坂城は殉教徒と死に華を求める者たちで支えられた張り子の城であり、大義の士を迎えるに相応しからず』
 真田幸村は義兄弟として、死を賭して、三成に必死の諌言をしていた。死にゆく者は明日のない者たちだけで沢山なのだ。それよりも徳川の世になったら時代に捨てられる者が大勢出来る、どうかその者たちのためにも、生き延びて欲しい。石田三成の余命はかく用いるべしと、幸村はそう叫んでいるのだ。
 石田三成は大粒の泪を零し、やがて嗚咽しながら書状を胸に崩れ伏した。
「左衛門佐めは死を賭して豊家のために粉骨している。そんな男が儂には来るなという……代わりに生命永らえよと後事を託してくる……我が意思は譲れぬものなれど、なんで気高き漢の魂を無視出来ようか」
 石田三成は号泣した。
 秀頼を見捨てる事も悔しいが、幸村の心はそれ以上に無駄には出来ない。
そもそもなんで、豊臣家はこうなってしまったのだ。徳川が増長する兆しを知りながら三成一人を悪者にし、豊臣家臣団は家康に籠絡されて、挙句の果てがこの様だ。
 さりとて誰を恨んでも始まらない。
 関ヶ原で敗けた己が悪いのである。
「殿、生きてやりましょうぞ。生きて徳川の御世から弾き出された民を慈しむ事こそ、豊太閤への供養になるとは思いませなんだか」
 島左近の言葉に石田三成は頷いた。
 このやりとりを見詰めながら、服部半蔵は心のなかに例えようもない虚しさを深めていった。戦国の武人たちが競い戦って磨き上げた宝石が、家康の土足で踏み汚されていくような寂しい心地がした。
 こんな形で戦国が終息してよいのか。
 大坂での一戦は、徳川が天下泰平を望みその総仕上げとなるべき聖戦であり得るべきである。そうでなければならない。
 半蔵は苦悩せざるを得なかった。

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