超短編「カピバラの見た夢」


群れからはぐれて迷子になったカピバラの子供がいました。目の前を飛んでいたチョウチョに気をとられ追いかけて、気がつくと仲間の群れを見失っていたのです。
 かすかな臭いを手掛かりに西へ東へと走ってみましたが、走り疲れて歩き出すと、もうかすかな臭いの痕跡すら途絶えていました。
 辺りは真っ暗になり空気も冷え切ってきました。湿った空気を感じると雨粒が落ちてきました。パラパラと落ちる雨は次第に強くなり一気に土砂降りになりました。
 カピバラの子供の不安に追い討ちをかけるように雷まで鳴り始めました。
 何も食べていないカピバラの子供は、雨宿りを決めたトックリキワタの木の根元でうとうとし始めました。
 そこに一人旅の青年がやってきました。眠る場所を求めてトックリキワタの木の根元にやってきたのです。
リュックの中のパンを食べると窪んだ木の根元の影にカピバラの子供が寝ているのを見つけました。まだ無防備なカピバラの子供は、人間の青年が側に来ている事に全く気づきませんでした。
 全く身動きしないカピバラの子供がもしや死んでいるのではないかと思った青年は、そうっと触ってみました。穏やかに呼吸するその寝息は温かい生きたものそのものでした。
 少し寒く感じていた青年はカピバラの子供に寄り添うように眠りました。
はるか遠くの目的地を目指す青年は夜明けとともに旅立っていきました。
 青年と寄り添うように眠ったカピバラの子供は、その夜、大好きなお母さんと一緒に寝ている夢を見ました。

*カピバラは中南米ブラジル、アルゼンチンなどに生息する齧歯動物。
トックリキワタも主にブラジル、アルゼンチンなどに生息するアオイ科の高木。


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