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【詩】芳香街の旅人

コールタールの煙が充ちる街を
小さなこどもを連れた旅人が
ひとり咳をしながら歩いている

彼または彼女はもう数十年
この街をさまよい続けている

こどもはそんな旅人のまわりで
飛び跳ねるように歩いていた

澱の底ような街の空気は
まるで気にしない様子で

なにかを知らせるように
あるいは踊るように愉快に
旅人のまわりを飛び跳ねている

旅人はこどもを厭う様子もなく
ひたすら地図に目を落として
この黒く薫る街に溺れている

あるいはこどもの存在に
気づいてはいないのだろう

こどもは相変わらず飛び跳ねて
旅人の行く手を阻むことなく
歌うようにくるくる舞っている


街は数年前から光の一切を失い
いま残る光はわずかな希望のみ

しかしその希望を抱き続ける限り
この街はコールタールの闇に
呑まれてしまうことはない

その希望の光はどこに点るのか
こどものこころに宿る夢である

旅人がその鼓動に気づくとき――

この街は再び光を取り戻し
あふれる愛をきらめかせながら
旅人を優しく迎え入れることだろう

そのときこどもは光に溶けていき
旅人の夢となって生き続けるのだ

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