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古本屋になりたい:3 トースト

 いとこの家のトーストは分厚かった。

 少食でかなりの痩せっぽちだった私には、一斤を真っ二つに割ったくらいの分厚さに見えていたけれど、実際のところは3枚切りくらいだったのだと思う。たっぷりバターが載せられていて、いつも食べきれなかった。

 母の姉であるおばは、小柄で細い人だった。背が高くがっしりした体型の母よりは、祖母によく似ていた。祖母もおばも、子どもだからといって甘やかさず毅然としているところが、また似ていて、私には少し怖かった。
 母としては、実の姉なので安心感があったのだろう。私は時々1人でその家に泊まりに行ったのだが、正直なところ毎回私はビクビクしていた。
 しかし、思い出してみれば、怖いような気がしていただけで、一度も怒られたことはないのだった。
 朝ごはんの分厚いトーストを一目見ただけで、食べれそうもないと諦めてしまうのだが、相変わらず食の細い私を、おばは笑って見ていた。
 おじもまた、少年野球の監督をしている元気で豪快な人だった。私には、頑張って食べやとはっぱをかけるくらいで、やはり優しく、がらがらと大きな声で笑っていた。

 いとこたちは、私より7つ上のお姉ちゃんを筆頭に、弟が2人いて、3人とも私を可愛がってくれた。
 私が生まれた時、お姉ちゃんは、今まで見た中でいちばん綺麗な赤ちゃんだと思ったそうだ。7歳の女の子が人生を思い返してそう思ってくれたのに、今はガリガリの痩せっぽちになって申し訳ない、と後でそのことを聞いた私は思ったものだった。
 いとこたちは3人でお小遣いを集めて、ぬいぐるみやかわいいお弁当箱を、私の誕生日に毎年プレゼントしてくれた。

 いとこの家でも、私は活字ばかり追っていたように思う。時々は、いとこの本棚から少年漫画を借りて読んだりもした。

 ちょうど、小学館の植物図鑑を両親に買ってもらったばかりで、私の中で図鑑熱が高まっていた。
 いつものようにお正月だったのか、記憶の中のその日は晴れて明るい。
 いとこの家からまっすぐ駅に向かう途中にある本屋で、私は小学館の動物図鑑を買った。図鑑は小学館じゃないとダメ、と思っていたのだ。
 私は、5歳か6歳だった。
 本屋からいとこの家に帰って来て、すぐに買ったばかりの動物図鑑を開き、犬のページから柴犬を探し出したのを覚えている。ちょうど、家に迷い込んできたのら犬を飼い始めたばかりだった。

 小学館の図鑑はその後も買い足していき、10冊以上になっただろうか。
 星座、日本の歴史、人体、鳥類、地球、昆虫、自然。
 カラーページはもちろん、後ろの方の文字が多いページがお気に入りだった。短いエッセイやコラムになっていて、絵や写真に頼らず活字になった長い文章を読むのが快感だった。
 カラフルな目次より、モノクロの索引の方が、細かいことが書かれていて好きだった。索引だけでも、ずっと眺めていられた。

 今年のお正月、私は久しぶりにいとこの家に行った。おばもおじもすでに亡くなっていて、真ん中のお兄ちゃんが同じ家に引き続き暮らしている。奥さんと、小さな子どもが2人。
 一番上のお姉ちゃん、一番下のお兄ちゃんもそれぞれ子どもたちを連れて来ていて、小学生から就職したての若者までが揃った。私は、子ども達に混ざってトランプをしたり、大人たちに混ざってお酒を飲んだりした。

 いちばん小さな小学生の男の子は、危険生物にハマっていて、タブレットで自在に危険生物を画面に呼び出してくれた。危険な蜘蛛と、危険な虎を戦わせたりできるのだそうだ。
 トランプではどうしても勝てなくてビエーンと大泣きしていた彼だが、危険生物に対しては、こいつよりこいつの方が強いねん、こいつは全然強くない、と強気だった。

 大人になって、喫茶店でモーニングセットを食べることがある。
 喫茶店では、トーストはたいてい、分厚くスライスしたものをさらに縦に割って、拍子木のように切ってある。3枚切りの分厚さだとすれば、縦に割ることで体積は半分。6枚切りと同じ計算だ。
 多分、おばの出してくれるトーストも同じだった。
 私は見慣れぬ分厚さにおののいて、自分の家で食べる6枚切りのトーストと変わらないものを、なんだか手に負えないものだと思い込んでいたのかもしれない。

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