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古本屋になりたい:40 夜更かし

 子どもの頃は、あまり夜更かしをしたことがなかった。

 中学生になって、「探偵ナイトスクープ」を観たことがないというと、友人に心底驚かれた。放送時間は二十三時過ぎ、その時間にはもう寝ていたのだ。
 友人は夜型で、見事に毎朝遅刻ギリギリ、漫画のように食パンをくわえて走って、汗だくで登校していたから、わたしは夜更かしをそれほど良いものとは思わなかった。どう考えても、生活に支障が出ている。
 とっくに登校しているその友人と同じ小学校出身の友人と並んで、廊下の窓から校庭を見下ろし、ナップザックを揺らして走ってくる友人を、急ぎ!チャイム鳴るで!と応援しながらケラケラ笑っていた。

 高校生にもなるとさすがにもう少し遅くまで起きていたが、日付けが変わっても平気で起きている、ましてや、テレビを観ているなんてことは考えられなかった。
 特別親が厳しかったというわけではなく、朝が早いから、夜は早くに眠くなったのだ。中学の時は部活の朝練があったし、高校は家から遠く電車に乗らなければいけなかった。

 大学に入ってからも、一回生の間は自宅から通っていたので、やはり夜更かしをしている余裕はなかった。
 一限から講義のある日は、五時起きだった。
 家を出てから講義のある教室まで、三時間。なぜか、わたしの学部は広大な敷地の一番奥に校舎があって、観光シーズンのバスが渋滞に巻き込まれた時など、正門に着いてからが永遠のように遠く思えた。

 帰りももちろん三時間。
 実家の最寄駅に着いても、バスに乗るか、最終バスが出た後なら親に迎えに来てもらわなくてはならない。飲み会に参加しても、二十時半には場を後にしないと、やはり親に迎えに来てもらわないといけない。
 父は晩酌をしていたから母の運転なのだが、父は遅い時間に母が運転するのを心配して、助手席に乗って必ずついて来た。
 わたしは申し訳ないというか、正直なところを言えばやはりすこし面倒くさかった。



 大学があまりにも遠いということで、二回生から一人暮らしをすることになった。両親は、通学時間が長すぎて、娘が痩せていくようで心配したらしい。

 大学まで自転車で五分ほどの場所に部屋を借りて、一人暮らしが始まった。
 わたしには人の心がないのかなと思うくらい、一ミリも寂しさはなく、満面の笑顔で引っ越しの手伝いに来てくれていた両親を送り帰した。
 何年か後、妹が大学に入って一人暮らしを始めたものの、寂しすぎると言って一年で引き上げて来たことを考えると、わたしは家族から離れて一人でいることが性に合ったのだろう。

 これで、友人を家に呼べるし、飲み会には最後まで参加できる。夜遅くまで起きて、本を読んだり、テレビを観たりできる。

 しかし、身についた習慣というのはそうそう変わらないものなのか、時間が自由にたっぷりと使える様になっても、わたしは比較的早起きし、夜にはあっけなく眠くなった。

 本を読みながら寝てしまうのは昔からだったが、子どもの頃は、読みながら寝てしまっているのを、父か母が電灯を消しに来てくれていた。
 ある程度大きくなってからは、朝まで電気点いてたで、と注意されて、そのうち眠くなれば自分で電気を消して眠る様になっていた。

 一人暮らしを始めて、また時々部屋の電灯をつけたまま朝になっていることがあったが、どうも寝坊するというのが性に合わないのと、だいたい寝覚めが良い体質であるらしく、しょっちゅう夜更かしして寝不足ということにはならなかった。

 もちろん、夜更かしをすることもあった。
 友人が遊びに来れば、いくらでも話すことがあったし、そういう時、たいていテレビはつけたままになっていたので、深夜番組を一緒に観ることも多かった。
 「探偵ナイトスクープ」もあまり観たことがなかったわたしが、そのころ関西で人気のあった若手芸人さんがたくさん出るお笑い番組をよく観るようになったりした。

 とはいっても、それは二十四時前後のこと。
 日付が変わって三時、四時になっても話が尽きなくて、お菓子をつまみながらダラダラと話しているような時、渋いドラマの再放送が始まって、思わず惹きつけられてしまうことがあった。

 たとえば、向田邦子原作の「大根の月」。
 主演は、萬田久子。辰巳琢郎、山岡久乃。
 詳しく書くわけにはいかないが、怖い話である。

 えらいもんを観てしまった、と友人と震えながら語り合い、後々になっても、あのドラマ覚えてる?と話すことがあった。
 心霊現象や明らかな異常者、殺人鬼ばかりが怖いのではない。普通の生活が狂うことが一番怖い。
 そして、ストーリーをクライマックスに持って行くまで道のりが、何より不気味だった。
 今ならフラグ、とか言うのだろうか。

 母のそれほど多くない蔵書の中にあった、向田邦子のエッセイとは趣きが全く違ったことも驚きだった。
 この文章を書くためにあらためてあらすじをさらってみたが、今でもぞっとする。ドラマを観てトラウマになった人も、きっといるに違いない。

 また、友人と散々話して、いつの間にか寝てしまい、ふと目覚めた土曜の朝。
 つけっぱなしのテレビに目をやると、その頃ドラマでブレイクして人気が出ていた女優さんが、雪が降る中を画面のこちらに向かって語る姿が目に留まった。
 渡辺淳一の自伝的小説と言われる「阿寒に果つ」のモデルになった、画家を目指した少女の足跡を追う、ドラマ仕立てのドキュメンタリー紀行番組だった。

 「失楽園」が話題になって、スキャンダラスな作風と思われていた(少なくともわたしと友人はそう思っていた)渡辺淳一の、若かりし頃の純愛を見せ付けられて、絶対こっちの方が良くない?と、遅れて目を覚ました友人と話したことを思い出す。

 画家の少女のイメージをオーバーラップさせながら物語とその舞台を紹介していた女優さんは、わたしと同年代だが、今は引退してしまった。

 大学を卒業して、わたしはあるスーパーマーケットチェーンに就職した。
 正午過ぎに出勤し、二十一時の閉店まで勤務することが多かったので、学生の頃に比べると、夜に向かって生活を後ろ倒しにすることが習慣になった。

 初めて関西から離れ、お笑い番組の少ない深夜のテレビに驚きと嘆きがあったが、代わりに海外ドラマを見ることが増えた。「スタートレック ディープスペースナイン」とか、「アリーmyLove」とか。

 しかしもう、友人と夜が白々明ける頃まで話し続けるようなことは無くなってしまった。同期とは仲が良く、休みが合えばよく遊んだけれど、翌日に響くようなことはもう出来なかった。

 今でもやはり、あまり夜更かしはしない。
 朝ドラは必ず朝に観る。
 寝る前に本を読む習慣は変わらないが、眠くなったらちゃんと電気を消してから寝る。

 徹夜本という惹句にはあまり心動かされず、どれだけ波乱万丈の心踊る物語を読んでいても、適度なところでその本はやめにして、ベッドに入れば落ち着いた物語かノンフィクションを読む。

 ちょうど今なら「半七捕物帳」を一話読むか、「森と湖のまつり」を少しずつ読み進めるか、「日本の自然をいただきます」という外国人の著者が日本の山菜や海藻を食べるためにあちこちを旅したり生活したりするノンフィクションを、気分によって読む。
 すぐに眠くなって、全然進まない。



 本を読むのが好きな割に、あっさり読むのをやめて眠れるし、気分を変えて他のことができる。
 それに比べると、時々思い立ったように始める裁縫はいったん始めるとやめられない。音を立てないようにミシンは使わず、もともと手縫いを好んでいるので、気が済むまで何時間でも縫い続けてしまう。
 気が立っているのか、眠くもならない。
 もちろん次の日は眠いので、わたしの場合、裁縫は読書のように毎日はできない。

 やはり、本を読むことは特別なことではなくて、わたしの生活そのものなのだと、裁縫をしているとかえって読書の何でもなさが際立つような気がする。

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