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古本屋になりたい:18 大根のごちそう

 「きょうの料理」みたいなタイトルだけれども、美味しい大根レシピのご紹介ではない。

 「あとかくしの雪」という昔話をご存知だろうか。

 子どもの頃、家には「まんが日本昔ばなし」の小さな絵本があった。ハガキくらいのサイズ、アニメそのままの絵。薄くてあっという間に読めた。
 絵本を卒業したいとこの家から譲り受けたもので、20冊くらいはあったと思う。

 新刊本の通販サイトを見てみると、今も、当時のアニメの絵そのままで販売されていた。4冊1セットで、15集で完結しているようだ。記憶を辿って、まずは読み直したい話が含まれた4セットを購入した。
 届いたものは、背の綴じ方と紙の手触りは変わっていたけれど、あの頃のままのハガキサイズで、何より絵が懐かしい。「しょじょ寺の狸ばやし」の絵など、カールおじさんと同じ絵やんな、という子どもの頃と同じ疑問がまた浮かんで来た。

 絵本のラインナップは、人気のある話で、かつ、比較的初期に放送されたものから選ばれているのではないかと思う。アニメで観た中で印象に残っていて、怖くて正直もう観たくないと思っている「松山の洞窟」と「吉作落とし」は、おそらく今も昔も絵本のラインナップにない。絵本があったら手元に置いておきたい気はするけれど。

 私が持っていたお話は、ほとんどそのまま今も販売されているようだった。子どもには怖過ぎるような暗い話も、ちゃんと収録されている。
 例えば、「定六とシロ」に、「キジも鳴かずば撃たれまい」。どちらも残酷で容赦ない話だ。

 しかし、私が子どもの頃絵本を持っていて、今改めて読みたいと思うのに、新しいラインナップには入っていない話がいくつかある。
 その一つが、「あとかくしの雪」だ。

 記憶が朧げだが、それはだいたいこんな話だ。

 ある寒い冬の夜、旅人が一夜の宿を乞うた家には、一人ぐらしの愛想の悪いおばあさんが住んでいた。
 食べさせるものがないから、とおばあさんは旅人を拒んだが、旅人は食べるものはいらないから休ませてくれと頼み込む。渋々家に入れたおばあさんは、相変わらず仏頂面で感じが悪いが、しばらく姿を消したかと思うと、旅人に大根がたっぷり入った温かい汁を用意してくれた。
 おばあさんの家に食べ物がなかったのは本当で、おばあさんは隣の家の畑から大根を盗んで来て、旅人に食べさせてやったのだ。
 おばあさんの親切を天の神様が見てくれていたのか、隣の畑への道に残ったおばあさんの足跡を、その晩降った雪が隠してくれたとさ…。

 泥棒やん、と小さい私は思った。
 意地悪そうに見えたおばあさんの、これは親切?
 絶対、旅人も疑われるやん。迷惑やわ。

 ビー玉みたいな真っ黒な目をしたおばあさんが、大根を抱えて夜の雪道を歩いている絵を思い出す。
 大根を盗んだ隣の家は、裕福な庄屋の家だったような気もする。旅人は庄屋の家を先に訪ねていて、断られたのだったろうか。
 冬に食べるものがないおばあさんが隣にいるというのに知らんぷりをしている裕福な家が、あたりをまとめる庄屋やて?そしたら大根の一本や二本盗ったって良いか!
 いや、やっぱり良くないよな。

 読んでいてモヤモヤしたし、今思い出しても何だかすっきりしない。だからこそ改めて読んでみたかったのだけれど、ラインナップから外れてしまったらしい。
 盗みを正当化している、と今なら保護者からクレームが入りそうではある。

 新しいラインナップには、「大歳の火」もなかった。一家のお嫁さんが絶やしてはならないかまど(囲炉裏だったか)の火を消してしまう、預かった荷物が黄金に変わる、という民俗学的に観ても興味深いお話だ。これもまた改めて「まんが日本昔ばなし」の絵で読みたい。

 雪の夜、大根、ごちそう、といえば、昔話ではないが思い出す小説がある。
 森敦の「月山」だ。

 雪に閉ざされた村でうだうだ過ごしている主人公は、村人に大根の鍋をご馳走になる。具が大根しかない、正真正銘の大根鍋だ。
 精一杯のおもてなしとして、大根がいろんな切り方で鍋に入っている。豪華ではないけれど、手間をかけて、銀杏切りやくし切りやにした大根がたっぷり入った大根鍋。 
 夢か現か分からない生活をしている主人公、月山の麓のこの村も桃源郷なのか何もない貧しい村なのか、読んでいる方も一緒に夢を見ているようで分からなくなってくる。

 雪の下の大根は甘味が増すという。
 旅人が食べたおばあさんの大根汁も、月山で主人公が食べたいろんな切り方の大根鍋も、とても美味しそうだった。

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