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けんかえれじい(1966)

けんかえれじい(1966、日活、86分)
●原作:鈴木隆
●脚本:新藤兼人
●監督:鈴木清順
●出演:高橋英樹、浅野順子、川津祐介、片岡光雄、恩田清二郎、宮城千賀子、福原秀雄、玉川伊佐男、浜村純、加藤武、野呂圭介、緑川宏、杉山元、松尾嘉代


ブルーレイで再鑑賞してみたシリーズ。

昭和十年、備前岡山の中学生南部キロク(高橋英樹)のケンカに明け暮れる青春の日々を時にコミカル時にシリアスな演出で描いた作品。

冒頭からとにかく速い、速い、速い。

キロクが教会に行くことにいちゃもんをつける上級生たちとケンカをする。

下宿先の家へ帰る。

セーラー服と教会のショット。
(セーラー服はキロクの下宿先の娘でありカトリックスクールに通う道子のもの)

近所の硬派の先輩・スッポンにケンカの修行をつけてもらうことになる。

ここまでスピーディーに一気に駆け進んでいくので油断していると簡単に置いていかれてしまう。


映画中盤、舞台を会津に移してから、キロクと悪友となった金田が俳句を習っているというカフェの女給みさ子に会いに行こうということになる場面。

カフェの場面に切り替わった直後、みさ子の初登場は彼女の顔ではなく、椅子の背もたれにちょこんとかけた両手の甲という奇妙なカット。

(『ツィゴイネルワイゼン』では原田芳雄がやっていた)幽霊ポーズということでこのカフェが冥界を表しているらしい。

こういう不穏な仕掛けがあるところもおもしろい。

後半もとにかくケンカ・ケンカの繰り返しだが、久しぶりに観て改めて思ったのはこの映画は「けんか」だけでなくやっぱり「えれじい」なんだなと。

終盤にかけてのギアチェンジというか転調というか、一本調子では終わらないところがこの映画の魅力だなと思う。

むしろラストのえれじい展開への前振り・反動としてけんかパートを必要以上に破天荒にしたのではないかという気さえする。

ラストの雪の晩。

障子越しに突き破ったキロクと道子二人の指が触れ合うわずかな一瞬。

真っ白な障子に残った破れの跡と、自らを欠陥のある体と言った道子の姿が重なるようだった。

新藤兼人の脚本を手直ししているどころか、存在しない北一輝を登場させるなど大幅に改変していることで有名な本作。

ブルーレイの付録のブックレットを見ると元の脚本はかなり説明的というか浪漫小説風なのに対し、実際のこのシーンは台詞による説明はかなり省かれ、口づけが残された手紙など映像で語るという演出になっている。

江戸っ子の清順監督とはいえ、叙情的に描くところは照れも茶化しもせず、丁寧に詩的に演出しているからまっすぐ胸を打つ。

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