【410字小説】内見巡り
私の人生では、どこもお遍路のようなものである。
どの土地に行っても、顧客の希望に沿って物件を巡る生活。それは私が不動産屋だからだ。
今まで仲介した中で、最も風変わりな物件の話をしよう。
「洋服の制作や電子機器の取り扱い、事務作業に使う貸事務所を探しています」
たんたんと要望を伝えた青年は、若くして独立する予定であった。それまで副業として行ってきた仕事が軌道に乗り、自宅内の作業場が手狭になったのだという。
いくつか候補を挙げて内見したが、広さと料金が折り合わず彼は不満そうだった。最後の物件の内見中も、その顔は曇ったまま。しかし建物を出た瞬間、彼の大きな眼鏡がキラリと光る。
見ると、向かいの建物の二階の壁に忽然とドアが現れていた。ドアに至る階段はない。
「あの建物の二階を借りられないでしょうか?」
私はその物件を取扱ってなかった。だが、その表情に押されて交渉に臨み、無事に契約を取り付けた。
その青年は今でもそこで働いているらしい。
(410字)
この小説は、たらはかに(田原にか)さまの企画の裏お題「どこもお遍路」を受けて書きました。企画への参加は、他の作品でする予定です。
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