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かけっこ        

運動会を間近に控えた保育園に通う娘と約束をした。

 「お父さん、かけっこで一番になったらレストランに行きたい」
私はいいよ、と答えた。娘は去年の運動会でもかけっこで一番になった。
ところが数日後、消え入りそうな声で
 「かけっこ二番じゃダメ?」
と言うので理由を尋ねると、どうにも自分より速い子がいて自信を失くしていたのだった。毎日毎日かけっこの練習をしたのに、一番になれないかもしれない。それは小さな子供にとっては深刻かつ大問題であって、大人は真剣に向き合って伝えなければならない。
 
「いいかい、二番には二つあるんだよ。どうせ勝てないと思って挑戦もせずに負ける二番と、最後まで全力でやって負けた二番。これは同じ二番でも全然違う。最後まで一生懸命走れたなら一番か二番かは大したことじゃないんだ」
と話すといくらか晴れやかな顔になった。

 運動会当日、ついにスタートの合図が切られた。娘は二番手を走っている。先頭を走る子は足の回転が速い。やっぱり勝てないか、と私が思っていると、娘はどんどんその差を詰める。最後のコーナーでやや外に膨らむ。それでも前を見て懸命に走り僅差でゴール。順位は二番。
あと少しだった。

 結果ばかりが重視されプロセスに価値を見出せなくなった社会。負けることの意味を考える余裕すらなくした社会でこの子たちは生きていかなければならない。ならばせめて、たとえ負けても精一杯頑張った自分のことは認めてあげられる人間になってほしい。
私の願いに希望を射すように九月の陽光が小さなグラウンドを光でいっぱいに照らしていた。

レストランで食事をしながら私が
 「最後まで頑張ったね」 と言うと娘は
 「うん!」
と好物のフライドポテトを頬張りながら満足気に笑っていた。
(第4回たはら言の葉コンクール 市長賞受賞作)

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