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作業療法士は天職だと思っていたのよ

 作業療法士という職業があることを知ったのは、高校3年生の夏だ。

 小さい頃から絵を描くのが好きで、元々は漫画家とかイラストレーターとか表現する職業に興味があったが、親に大反対されて淡い憧れはサッサと捨てた。実際のところ大した才能もなかったし、反対されて捨てられる程度の夢だったのだと思う。

 他にやりたいこともなりたい職業も浮上してこないまま、なんとなく言われた通りに公立の進学校に入学して、なんとなく得意な文系科目を選択し、模擬試験の結果もまずまず良かったので地元の難関私立大学の推薦状を貰える話まで出たが、いまいちピンと来なかった。

 進路を決めなければならないタイミングでのらりくらりとやり過ごす私を見て、親も教師も口を揃えて『とりあえず大学に行って、そこでやりたいことを見つければいい』と言ったが、全くもってピンと来なかった。そんな軽い想いで、大学生活4年間も頑張れる気がしなかった。

 周りの友だちが次々に進路を決めていく中、いよいよ焦り始めた私は職業ガイドブックに片っ端から目を通した。

 まず気になったのは、カウンセラーとか臨床心理士とかの心理専門職だ。それまでにも、図書館で文献を読み漁って基礎知識の習得や自己分析に勤しんでいたから興味があることには間違いない。だが、職業ガイドブックで職業の説明を読んでも何故か惹かれなかった。

 次に気になったのは、福祉系の専門職だ。現場を支える介護福祉士、相談援助を中心に活躍する社会福祉士、精神保健福祉士、ソーシャルワーカー、ケアマネジャー、様々な関連資格があることを知ったが、どれも自分がやってみたいとまでは思えなかった。

 医療系の専門職にも興味はあったが、医師を目指せる程の学力も情熱も持ち合わせていない。それなら看護師は、と考えるまでもない程ハナから興味がなかった。どれも資格や職業を否定している訳ではない。とにかく、やる気の泉が湧き出してこなかった。

 ページを適当にペラペラめくっていくと、『作業療法士』という文字が視界に飛び込んできた。見たことも聞いたこともない職業に興味を持ち説明を読むと、『心身に障がいを持つ者に対して、ぬりえ、手工芸、陶芸、皮細工、園芸等の作業を通して、その心身の回復を図り、日常生活及び社会生活を行いやすくするための援助を行う職業』というようなことが書いてあった。

 抽象的でよく分からなかったものの、挙げられている全ての『作業』が、自分自身が好きで得意でやりたいことだったのは間違いなく、それらをしながら更に人の役に立てるなんて、こんなに素晴らしい職業は他にはない!と感動したのを覚えている。

 そうして作業療法士になろうと進路を決めたのが高校3年生の夏のことだった訳だが、事はそう簡単には展開しなかった。

 何しろ医療系学部の受験資格には理系科目の履修が必須となっていることが多いのに、文系科目の単位ばかり取ってしまっていたものだから受験資格が満たせない。専門学校を探してみても条件はさほど変わらなかったが、何とか受験資格を満たせる学校を探し出し、やっとの思いで1校だけ合格した。

 進学先はダブルスクールだったので、作業療法と社会福祉について4年間学ぶことができた。

 特に興味深く印象に残っているのは、心理学、精神医学、臨床心理学、精神科作業療法概論等、精神分野の学問だった。人の精神を評価し、問題点を抽出してリハビリテーションアプローチを行う過程は、元々心理学に興味があった私にはとても面白かった。

 精神科領域で長く作業療法士として活躍してきた年配の講師に『あなたは絶対に精神科向き』と言われ続けて挑んだ精神科実習で、それはそれは見事な劣等生となってしまった私が卒業後の就職先に精神科病院を選ぶことはなかったが、心理専門職の道に進まなかったのは精神科領域に進むためだったのかと思える程、今ものめり込んで勉強を続けている。

 資格取得後は、高齢者領域で長く従事してきた。『精神がない人間はいない』と豪語して、精神に問題がない担当者もきちんと精神評価を行った。対象は担当者だけではない。同僚も、友人も、街ですれ違う見知らぬ人も、サンプル採集のために精神評価を行い続けた。

 お陰でよく人が『みれる』ようになった。同僚も先輩も、同じ土俵で話ができる人がいない位には人の精神に詳しくなった。

 精神が分かれば、それをコントロールすることも可能になって来る。他のスタッフが対応困難な症例に上手く寄り添うことも、拒否されずに自然と動かすことも、特に考えなくてもできてしまう。ここまで来れば、作業療法士を天職だと思って然るべきだろう。

 なのに今、私は作業療法士を辞めようとしている。

 せっかくなのでこれ以降は、備忘録として、これまでに得た知見を惜しみなくご披露していこうと思う。つまりこれは、長いプロローグだ。

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