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『鏖戦/凍月』 グレッグ・ベア著 酒井昭伸/小野田和子 訳 とSFマガジンNo.757のグレッグ・ベア追悼記事の感想

まずは『鏖戦/凍月』の感想から


グレッグ・ベア氏の作品を読むのは初めてです
こちらの作品は、2023年にSF界において大変な話題となっていました
あまりに重く濃密で凄まじい、恐ろしい中短編集です
2作とも、もう30年以上も前の作品だとは信じられないくらいです

『鏖戦』は遠い未来の宇宙戦争の話で、すでに人間も進化の果てに、その姿や精神のあり方が大きく変わった世界において、異星人との激しい戦争を綴った作品です
時折現れる古文調の文体が超絶格好よくて、当て字の漢字による固有名詞が頻発するのにもわくわくします
過酷な戦争の描写があるのに、美しく儚い情景が浮かぶんですね
難解だけど流麗な文章、語り手や視点が入れ替わる幻惑されるような物語、そして訪れた結末の無常さ…
どこか日本の古典文学に通じるし、『源氏物語』などに見られるような、“女性的な”印象も感じました
主な登場人物は女性だからというだけではない、ハードなSFという環境で描かれる、進化し過ぎた生命体の心の動きが、ふと共感を呼ぶ瞬間があるように感じたというか、儚さに寄り添いたくなる心地になります

それにしても、翻訳の文体がめちゃくちゃ格好いいし難解なんです でも読んでいて酔いしれる美しさなんです
これを翻訳された酒井昭伸氏の他の訳書も、おいおい読んでみたくなりました

『凍月』は『鏖戦』での世界よりは、現代に近いかもしれない、月に移住して数世代が過ぎた、月生まれの住人の政治や陰謀、科学研究などの話です
高度な科学実験や、人体の冷凍保存技術、新興宗教と地球と月の政治的な駆け引き、などの様々な要素が絡み合い、どんどん展開するストーリーがずっと先が読めず、斬新でめちゃくちゃ面白いんです
語り手の主人公と、その姉、その夫の関係性も何とも魅力的でしたし、語り手の前に障害として立ちはだかる人物の描写も、あるいは教え諭し利用もする、でも導いてもくれる師匠役の人も、作中に名前と音声しか出てこないけど重要なキーパーソンとなる新興宗教の教祖の逸話も、どれもキャラ立ちが秀逸で面白いです
何よりも、周囲の人物と比べ、どこか印象が薄めだった語り手が、どんどん打ちのめされて変わってゆくさまの鮮やかさが楽しい作品でした
こちらの中編の訳者さんは『火星の人』や『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も手がけている小野田和子氏です
難解な物語を最大限に分かりやすく、キャラの描写はより魅力的に見せてくれる訳文、さすがです


SFマガジンNo.757のグレッグ・ベア追悼記事

ぶち白猫と青いSFマガジン

こちらのSFマガジンNo.757は、昨年の4月に刊行された号なのですが、当時自分は、巻頭特集の
『藤子・F・不二雄のSF短編』目当てで買い、グレッグ・ベア氏の追悼記事の方は、さらりと読む程度にしてしまったのですが、改めて『鏖戦/凍月』を読んでから記事を読むと
グレッグ・ベア氏の作品解説や
名作と謳われる短編『タンジェント』の掲載や
まさに惚れ込んだばかりの訳者、酒井昭伸氏の『鏖戦』の翻訳における工夫と試行錯誤と共に綴られた追悼文や
昨年からちょっとずつ読んでいるグレッグ・イーガン作品の訳者などで知られる山岸真氏の、グレッグ・ベア氏の解説追悼文など、どれもこれも、
ああ! 読むのに時間かかっててすいません!
面白いです! 読めて良かったです! と、よろこびに震えたのでした
『タンジェント』が凄く良かったんです!
三次元と四次元を行き来できる天才少年が生き生きと冒険する話で、まさに藤子不二雄さんの作品にも通じる雰囲気があって、共に掲載されているSFマガジンさんの編集力を感じました
グレッグ・ベア氏が90年代に来日した際の講演会での談話の掲載もあり(内容はかなり難解だけど)SF創作を愛して、次世代に語り継ぎたいという情熱が熱く素敵な方だと感じたのです

なかなか出来てなかったSF読みを、今年も頑張りたいなあって思う、そんな読書になったのでした

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