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『しあわせの理由』 グレッグ・イーガン 作 山岸 真編 感想


グレッグ・イーガンと言えば、いわゆるハードSFと呼ばれる重厚で難解な作品を多数上梓している作家さんというイメージがありました
だいぶ前からこの作家さんの『ディアスポラ』という作品を読んではその難しさに中断する…ということを繰り返しており、自分にはグレッグ・イーガンさんは敷居が高いなあと、戦々恐々としていたのですが
こちらの記事を拝見いたしまして

この『しあわせの理由』からなら、自分にも読めるかな? と読み始めたら、何と読めたしめちゃくちゃ面白かったんです!
そうか…『ディアスポラ』とか『プランク・ダイヴ』とか『万物理論』とかはイーガンさん初心者にはやっぱり重過ぎたんですね!
イーガンさんは読みやすくて取っつきやすい作品もあるんですね! と開眼できた想いなのです

そういう訳でこちらの記事では、この短編集『しあわせの理由』の各話感想を書いています
読めた嬉しさと面白かった感動で、わりとネタバレに配慮しない書き方をしています
未読の方は閲覧にご注意ください
というか読みやすい上に面白さを本気で担保いたしますので、是非ともこの記事よりは、直接この本を読んで頂けたらと思います


『適切な愛』

重傷を負った夫の肉体が再生するまでの間、その脳を自身の体内で保管する憂き目にあった女性の話
夫の脳は生命維持装置に繋ぐ事を請求したはずが、医療保険会社との契約により、自身の子宮を夫の脳の保管庫として提供しなければならない! というグロテスクな展開に心底ぞっとしました
しかし、その恐ろしい保険会社のやり口が
あくまで費用が最少の手段を適用するよう契約書に記載されていた結果なので、その巧妙さに感心もしました

「自分のことだけ考えてちゃだめなんだよ、カーラ
自分が戦おうとしなかったら、ほかの全女性がおんなじ目にあうようになるってこと、考えなくちゃ」

作中の妹のセリフ

しかし、その彼女は感心してなんかいられなくて、仕方なく夫の脳を受け入れる選択(選択の余地はなかったけど)をしたものの、妹からは抗議して裁判とかしなきゃ! とせっつかれてしんどい思いをしたり
脳を胎内に保護するために、脳のための胎盤を作るために擬似的な妊娠をして、その過程で起きる悪阻や妊娠初期のホルモンバランスの変動からくる鬱状態に、酷く苦しまなければいけないのは、あんまりにも辛い話でした
そしてこれは作中でも(回答を出さない形で)触れられていることなのですが、重傷を負って脳だけの状態になったのが妻であった場合、果たして夫はその身体を脳のための生命維持器として提供することを強要されたのか? という問題があります
おそらくそれは無かっただろうなと、自分は考えます
理由はシンプルに、男性の身体は子宮が無いので、脳が必要とする酸素や栄養の供給が行える胎盤を持てないからです
この作品は、身体が女性性であることで、社会的な役割や負担の多さの理不尽さを、風刺してくれているフェミニズム作品なのではないかと感じました
この話の最後で抱いていた、彼女の述懐がとても好きです

『闇の中へ』

設定が少々ややこしかったのですが、災害に見舞われた地域から民間人を避難させる救助隊の話です
その災害の内容が、凄くSF的なワームホールとかそういうので、その辺は自分の読解力ではつかみきれませんでした
でも、語り手の腕の立つ隊員さんの話し方がとてもクールで、でも人情も解する優しさがあって、極限な状況でありながらユーモアもあって、かっこいい! と感じられる話でした
好きなセリフは

「橇あそびをしないか?」

『愛撫』

個人的に好きな絵画がネタになってたので大喜びでしたが、生理的に駄目な人がいそうでもある話でした
(一応ジャンルとしては)刑事ものなんですが、刑事本人を含めたクリーチャーと言える存在がどんどん出てきて恐ろしくなる話でした
好きなセリフは

「そう、私たちは化け物だ。しかし私たちに何か問題があるとすれば、まだあまりにも人間的すぎるということだろう」

『道徳的ウイルス学者』

ひとりぼっちの狂信的なテロリストの話です
その人物像が現実にあった犯罪をつい連想してしまうもので…こういう書き方をしたらいけないのかも知れないですが
君は敬虔な神の使いなんかじゃないよ
ミソジニー(女性嫌悪)+ホモフォビア(同性愛恐怖症)なんだね
カウンセリング受けて、自分が性的な興味を抱いている対象に相手にされない鬱屈を受け入れてあげなよ、と、なだめてからシバきたくなりました

『移相夢』

老境に差し掛かった男性が、妻より一足先に身体の機械化を行おうとするのですが、その際に見てしまう夢を凄く恐れている話……だと思ったのですが、
どこからが夢なのか現実なのか分からなくなるやつ!
いわゆる胡蝶の夢です

『チェルノブイリの聖母』

時に非合法な手段を取ることを厭わない、タフな探偵の話です
他の話の登場人物にも見受けられる明晰な語り口と、ちょっとおかしみのあるセリフが凄くかっこいい探偵さんでした
非合法なこともするわりに、話を聞きに行く先のタクシー会社のライバル会社のタクシーしか走ってないから、気を遣って徒歩で行っちゃうところとか、凄く好きです

『ボーダーガード』

ここまで難しくとも読めて助かっていた、グレッグ・イーガン氏の短編集なんですが
この話でいきなり謎の難解SFスポーツの量子サッカーってのが出てきて、そのシーンがまあまあ長くて難解なもんですから
不思議とグレッグ・イーガンはこうでねえとな!
と、読めてないわりに思ってしまいました
人間が不老不死になった社会での謎の風習のところも面白くて、何だかコメディに読んでしまいました

『血を分けた姉妹』

幼い頃は一緒に遊んでいた双子の姉妹が、大人になったら職場も境遇もすっかり分かれてしまっているのですが
内向的で平穏な生活を送っていたように見えた片割れが、凄いクラッカースキルを発揮して社会に革命をもたらす展開がめちゃくちゃ痛快な作品です

『しあわせの理由』

脳腫瘍の影響で常に(しあわせ)な状態に置かれてしまった少年が、腫瘍を切除した結果(しあわせ)を感じる機能を無くしてしまって
それから十何年も過ぎた後に、脳の機能を再建する治療を受けるが…という話
最後に彼が感じた気持ちや、たどり着いた結論が、切なくもよろこびが確かにあって
この話のタイトルの『しあわせの理由』が優しくて美しいと感動必至の作品でした

という訳で、どの作品もそれぞれに多彩な良さや面白さがあり、それに合わせてなかなか読めなかったグレッグ・イーガン作品が読めたのが嬉しくて楽しかったです
途中にも書いてしまった事なのですが、所々確かに難解な所やそれが面白い! という短編集だったのですが
一番強く感じたのは、作中で語られる登場人物が魅力的だってことなんです
登場人物の思考に触れるように読める翻訳の文章と、奇想天外なストーリーの展開がド直球に面白い!
改めて『ディアスポラ』などにも挑戦したいと思います

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