『自生の夢』 飛 浩隆・著 感想
飛 浩隆氏の著作は、恥ずかしながら初めて読んだのですが
すごく面白く、ページを繰る指が止まらなくて、紙面から溢れる言葉から恐ろしいことに、鮮やかな絵画、雅やかな音楽、墨の香り、密な砂浜を踏む時のぎぎゅっとした質感が伝わるように感じたのです
物語の中に引用される、小説や音楽に映画が、ことごとく好きなものばかりで、でもすべてが分かるわけではないので、早急に調べなければと慌てています
そして、この作品は短編集なので、いつものように各話の感想を書こうと思ったのですが
その形では、この作品の凄さや面白さがどうしても書ききれない! と弱ってしまいました
じゃあどうやって表現すればいい…? と悩みましたが、妙案が浮かばんかったので、結局各話の感想を書きます
おそらく既読の方にはもどかしい感想になってしまうと思いますが、ご容赦ください
まだこの作品は読んでないという方は、どうか是非とも、人の感情的な感想よりもご自身でこの物語を体験して頂きたく思います
『海の指』
始まりは、昭和の時代の漁村の話なのかなと思うのですが
海象予報、泡洲、灰洋、との単語が当たり前のように語られる文で、どうも様子がおかしいぞとじわじわと感じさせられて
そしてこの世界は広い広い、灰洋に地球上の何もかもがほぼ飲み込まれ、わずかに残った灰洋の干渉が及ばない地域に暮らす人々は、気まぐれに荒れ狂う灰洋が差し出す海の指に蹂躙される恐ろしさと隣り合わせで生きているのです
しかし人々は、その灰洋が飲み込んでいる様々な品物を音楽を奏でることで取り出して生活している強かさもあって、なんだか凄く、魅力的な世界観なのでした
灰洋はスタニスワム・レム氏の『ソラリス』のことも思い出すなあ…と、ちょっと前に読んだ作品を感じたりもしました(男女間の性的な描写の生々しさも含めて)
『星窓 remixed version』
大学生(?)の青年がたいくつな夏休みを過ごす夜に、いないはずの姉がやってくる話
何だかとてもファンタジックでパステルカラーのような印象の優しい作品で、中田ヤスタカさんのPVみたいだなあと思います
青年は宇宙空間を切り取ったような映像が見れる星窓を買い求め、自室に飾るところなんか特にそうです
『#銀の匙』
中勘助さんの『銀の匙』のモチーフなのかと思ったのですが、残念ながら違いました
特別な幸運や才能を持った子供は、シルバーのスプーンを咥えて産まれてくる…の伝承が元になっているようです
とても短い話ですが優しく儚い、悲劇の前日譚です
作中にたくさんの音楽が奏でられているような、流麗な文体がひときわ美しい話でした
夢字花という美術品の名前も素敵です
『曠野にて』
『#銀の匙』に出てきた赤ちゃんが、成長した姿で登場する驚きと喜びがまずあって
その子が友達(にして好敵手)の少年と行う、言葉による陣取りゲーム(の極めて大がかりで高度でファンタジックなもの)で取り上げるセンテンスに『ソラリス』が含まれていたので、この短編集の冒頭の『海の指』から、うっすらとストーリーはリンクしていたのだなあ、と感じました そもそもどちらも波打ち際でした
『自生の夢』
また、がらりと雰囲気の異なる話の始まりから、『羊たちの沈黙』モチーフのシーンの登場に、内心大フィーバーになりました
そしてついに、この書籍のカバー解説文に登場していた稀代の殺人者と忌字禍の出現にも、ここまでの物語の面白さに打ちのめされていたのに、まだこの後にヤマが! と盛り上がるしかないのです
『野生の詩藻』
テオ・ヤンセンのストランドビーストが引き合いに出されるシーンがあって、おお…それも自分好きですぞ! と、この作品にすごく馴れ馴れしい気持ちになってしまいました
男子2人が巨大な敵に立ち向かう話なので、その辺りはとてもゲームのような光景が浮かぶし、その男子は2人ともこれまでの話の中で幼い頃の姿を見てもいるので、感慨深くもありました
夢字花
禍文字
忌字禍
これまでの、この言葉のあそびもうっとりする美しさです
『はるかな響き』
ここでまさかの、外宇宙的な視点からの
『2001年宇宙の旅』!
この話はどこに行き着くのだろうと、ぼんやりと、陶然としながら
なんか凄いの読んじゃったなあ、面白えなあ! って気持ちで読み終えてしまって、すごくたまらなく満足で
でも、この面白さって、どう言語化すればいいのよ…? ほとほと弱ってしまったのです
こんなに、言語力に満ち溢れた作品なのに、それを楽しくてたまらなく読んだのに、ただ面白かったって書くだけでなく、なんか気の効いたこと書きたいよう!
と、だだをこねる気持ちでいっぱいです
でも、凄さと面白さにすっかり打ちのめされました…と白状するしかない作品で
そして(つい今しがた確認した)伴名練さんの解説もべらぼうに良かったです…
最後に、この件もどうしても触れたいのですが
こちらはAmazonの『自生の夢』の作品ページをスクショしたものです
この作者は、怪物だ。
私が神だったら、
彼の本をすべて
消滅させるだろう。
世界の秘密を
守るために。
―穂村弘
この作品に、こころを激しく奪われてしまった人が、まるで憎悪を込めるように愛してる感情がほとばしっていて、すごく好きです