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豪速球のSF短編集『なめらかな世界と、その敵』 伴名練 感想

あまりにも面白い、すごい短編集だった
こういうSF好きだなあとか
情緒の揺さぶり方が容赦ねえなあとか
萌えこころを的確に満たしてくれるし、むしろこの作品きっかけで(何かに)覚醒する人もいるよなあとか! ムズムズバタバタしてしまう短編集でした
読んでいて興奮で動悸が上がったり、面白さが過ぎる場面で発情期のどうぶつのようにウロウロ歩き回ったりするくらい、身体に訴えかける剛力な面白さが凄い短編集でした

各話の感想を記入しますが、あまりネタバレに配慮が出来てないです いやすごい面白くて、この本の話をさせてくれよって衝動が止まらんのですよ


『なめらかな世界と、その敵』

いわゆる平行世界もので、いくつもあるそれぞれの世界の自分を行き来するし、並行しマルチタスクの人生を過ごすこともできる それが当たり前の社会で暮らす、ひとりの女子高生が語り手の話
平行世界の表現が美しさに溢れていて、でもそれはあくまで日常ってところがすごくいい
結末と彼女の選択については途中で察せられるけど、その前段階のスプリント勝負の光景のファンタジックさと来たら素晴らしかった(し、彼女の選択を察していると、いくつもの世界との別れだとわかる、だから涙腺にも来てしまう、すごい)
百合側面の感想を書くと、マコトの側が宝塚の男役みたいな喋り方だけどグイグイ迫るのは葉月の方なのがたまりません 最上級のマルチバース百合
なお、こちらの早川書房の公式noteから冒頭のためし読みが可能です


『ゼロ年代の臨界点』

日本のSF文壇は3人の女性作家の創作活動からはじまった…というパラレル日本というか、偽書ならぬ偽歴史の物語
でもその“それっぽさ”の手触りがすごくリアルで、明治時代の文豪の逸話らしさも、女学生ものの厄介な心理戦もある そうなんよ! こういうのがいいんですよ!
彼女たちの執筆した小説の内容もまたよくて!
『九郎判官御一味始末』は源平合戦もののSFで
『藤原家秘帖』は清少納言と中宮定子との絆と運命とタイムパラドックスものSFという様相で、いや伴名さんほんとに書いて下さい…ってなるし、高度で知的な文学少女作家の取り上げる題材としてすごくしっくりくる内容だったのがたまりません
この史実で生きて読んでみたいよ 今こそさっきの『なめ敵』のようなマルチバースで生きて読んでみたいよ! ってなります

気になったのは3人の女学生作家の中心人物である富江さんの命名で、どうしてこの名前にしたのだろう
某怪奇漫画の登場人物のイメージになってしまうし、むしろ伊藤潤二さんの絵柄でこの作品を想像して読んでしまった
早川書房の新しいプロジェクトのハヤコミで、この作品のコミカライズを是非してほしい ダメ元でそれこそ伊藤潤二さんに

『美亜羽へ贈る拳銃』

伊藤計劃さんの『ハーモニー』のトリビュート作品だと聞いたので『ハーモニー』を再読してから読んでみたのですが、たしかに! と納得するところと、単体でも十二分に面白いよ! と感じるところもありました
美亜羽の造形がミァハの名を冠しているのに? と首を傾げる(変な言い方だけど)普通の奇人天才の造形だったのですが、それが回収される展開でほっとしました
というか、伴名氏の伊藤計劃さんや他のSF作家さんへの尊敬や愛情がすごいと感じる ほぼラブレターのように感じて読んでしまう
作中で『聖書』と称された書籍は完全に(おれの考えたさいきょうのSFアンソロジー)だった
ちょうど昨年にグレッグ・イーガンもテッド・チャンも読めていたから良かった 読めてなかったらどんな感想になっていただろう SFにあまり触れてこなかった人間だったら、豊潤なSFへの誘いを感じられただろうか?
SFを読みつけてない人がこの短編を読んだとしたら、いいSFへの誘導になるんじゃないか? とも思えるけど、いや、やっぱり難しいかな、どうかな…と判断がつかなかった
それこそ、SFの記憶を無くしてでも、脳を弄くって自分で感じてみたい

『ホーリーアイアンメイデン』

書簡形式で語られる姉妹百合の物語で、SF成分はやや薄めだけど、百合成分は濃密
ところで、伴名氏は(変な書き方だけど)女学生構文がお上手ですね 女性一人称が上手い作家さんでもあると感じます

『シンギュラリティ・ソヴィエト』

アメリカ合衆国と旧ソ連の冷戦と宇宙開発競争が激化していた時代から、高度なAIの開発と導入が行われ、両国ともそれぞれがAIの独裁者が台頭する社会に変貌してしまった、ディストピア好きにはたまらん話
だけど、この文庫本が刊行された時点でのロシアによるウクライナ軍事侵攻への配慮もきちんとされている話で、SFはエンタメとして楽しむだけではなく(それでも、もちろんいいけど)今を見つめられる視点も兼ね備えるべきではないか、という伴名氏の志も共に感じる一編でした
そしてもちろん、シンプルにSFとして面白いし読んでいて目に浮かぶ情景の強さも凄い あとこちらも姉妹百合やった

『ひかりよりも速く、ゆるやかに』

涙腺が刺激され過ぎてしまった一編です
映画でも小説でも、ダイレクトに身体が反応してしまうことは普段はなかなかないのですが、読んでいてうめき声を上げたりウロウロ歩き回ったり、ストレートに涙してしまって、読み通すまでに時間がすごくかかった
この話だけ、たまたま電車の中でも読んだのですがそれが余計良くなかった
人前で涙を流したくない人間には拷問のような作品で、素晴らしい、大好きです
彼に差しかけられた傘が少しずつ動くところで「ん"ん"ん-」ってあくびをしたふりをして、涙をぬぐった いい話、すごくいい話でした
メインとなる話は、異なる時間の流れに隔てられた若者たちの話なのですが、その現象の発生と解決法のくだりは実にハードSFでありつつ、その時間の格差現象に伴って発生した社会不安のリアルさとか、それに対して描写されるひとりひとりの人物の心の動きなども、どの要素を取り上げても唸るほどに面白い、傑作なのです ぜひ色んな方に読んでほしいです

なお、こちらの作品は
傘籤さんのこちらの記事を参考にして読みました 読みはじめまで時間がかかってしまいました

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