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猫SF傑作選『猫は宇宙で丸くなる』感想

猫が登場する名作のSFと言えば、ハインラインの『夏への扉』が挙げられる事が多いですが、決してこの作品が嫌いなわけではないけど、本編の内容で猫がきちんと活躍するわけではないことと、執筆時の時代がなにぶん古いので、今の時代の飼育のモラルからタブーの役満をやらかしていることにモヤモヤしてしまう(避妊去勢手術を行わない、人の飲食物を与える、屋外への出入りを自由にする)ことがどうしてもあり、ずっと、じんわりと、猫のSFってものに対して目線が辛くなっていました

こちらの作品集は、猫の活躍という側面は実に申し分がなく、しかし執筆の年代が古いものも含まれているので『夏への扉』同様にモヤる部分は無くもない
しかし様々な魅力を持つ猫が続々と登場する、単に猫好きを喜ばす作品とはならない、一筋縄ではいかない癖の強い作品揃いで、それが猫を愛でることの厄介さも思い出す、猫が身近にいる人間からすると納得のいくアンソロジーでした

タイトルは『猫SF傑作選』となってますが、(SFとファンタジー)のSFでした ファンタジーもいいです 猫は宇宙、そして神秘
地球上に暮らす猫と、宇宙を旅する猫がそれぞれ5匹ずつ収録されているのも良いですね
全話の感想を以下列記しますが、ネタバレにはあまり配慮してないのでご注意ください

家猫の豆大福と一緒に読みました

『パフ』 ジェフリー・D・コイストラ

猫が子猫のままで大きくならなければいい…という研究をする父、考えの浅い娘、猫を忌々しく思う母、という家族に対して、子猫時代のままの脳と精神の成長を身に付けてしまった小さな猫のパフがそれこそ、猫と和解せよならぬ、猫に赦しを乞え服従せよと告げるかのような話
お前んちは猫飼うな! とキレそうになる家の話ですけど、きっとパフはやってくれる…!! と信じて読んでその通りになった作品なのでほくほくです
ただ、この家のお父さんは猫も人間の家畜として品種改良の対象にしている、猫を特別に扱ってない人というだけであり、世の中にはそういう人はいる
そして現代の猫も犬もそうして産まれてきたんだよな…とも思いました
野犬がめっちゃ多く出てきて完全に悪いモブの扱いなのは気になります 犬も猫も適切な環境なら温和に暮らしていけるというのに
でもそんな感情も品種改良と変わらない、人間以外の種に対する奢りだとも読めます この短編集の他の作品も読むとなおさら
だから、一番に収録されている作品らしい強さがある一編に感じました

『ペネロピへの贈り物』 ロバート・F・ヤング

とても可愛い話です
それこそ藤子・F・不二雄SF短編集にありそうな、優しくて可愛い来訪者と、おばあちゃんと猫の心の交流の話
そして、来訪者の側からみると“猫”という存在とのファーストコンタクトものであることが、じんわりと嬉しくなる物語です
気になる点としては、おばあちゃんは経済状態が良くないのにペネロピを飼っていたことと、おそらく人間の飲料の牛乳を与えていたことなんですよね…
猫には人間の牛乳は飲用に適さないので、与えないであげてください…(と、いうところも、ひょっとしたら来訪者の彼が改変してくれたのかも知れないけど)

『ベンジャミンの治癒』 デニス・ダンヴァーズ

自らの手で愛猫や愛犬を看取ったことのある者なら、夢のような幸せの物語
何せ、自分に超治癒と蘇生の力が宿り、それにより愛猫がずっとずっと一緒に居てくれるという話なのです
猫がずっと変わらずに生きていたら、人はその飼い主としてどのように身を処さねばならないのか? という思考実験的な側面もあるし、治癒と蘇生の力はどこまでの効能があるのか? 本来の運命とは違う生を歩ませる事には代償はあるのか? という部分も掘り下げられる、でも、あくまで軽やかな読み心地の一編です 好きです

『化身』 ナンシー・スプリンガー

ここに来て、猫のキャラクターが語り手となる物語が初めて登場しました
猫は七つの命を持ち、それをひとつひとつ使って転生を繰り返している
その命が最後に燃え付きようとしている、儚い存在となった猫の神様が、かつての大切な存在と巡り逢う話です すごく直球のファンタジー
語られる神様の名が個人的には大変メジャーなものだけど、しかし現代においては信仰を失った忘れ去られつつある存在で、だからこのように力も記憶も失っているのだろうと予想しました
性描写のさりげない生々しさにも、神話の時代の残り香を感じる一編です

『へリックス・ザ・キャット』 シオドア・スタージョン

猫が無惨に亡くなる場面から始まる一編で、なぜこの猫―へリックスは死亡するに至ったのか? というミステリっぽさがありますが、そこから始まる人間の、猫のへリックスへの愛着やその姿の形容の素敵さに(死んじゃうのに~死んじゃうのに~(TдT))と泣かずにいられないはじまりの話です
しかし奇妙なきっかけで出会った、ガラス瓶に詰められた魂だけの存在になった男と制約を交わすように、へリックスの肉体を瓶魂男が使えるようにあげてしまう! という展開に心底驚きます
その準備の段階で、へリックスは高度な知性と高慢な性質を身につけてあらわにするのですが、誰かが言った「犬や猫が可愛いのは、人間の言葉を喋らないから」という言葉を思い出す、まさにそんな話
へリックスの尊大で鼻持ちならない喋り方は何とも魅力的だし、対する人間や瓶魂男はそれに振り回されたり嫉妬をしたりと実に愚かしくてたまらん話でした
“人間以上”の明らかに高次の能力を身に付けてしまったへリックスは、モラルや愛情や共感の力を持ち合わせない邪悪な存在であるとし、だからこそ冒頭の場面につながる訳ですが、でも、それでも
もっと恐ろしいことをしでかし、愚かな人間どもを駆逐するへリックスを見てみたかった

『宇宙に猫パンチ』 ジョディ・リン・ナイ

ゆるめのスペースオペラで、そしてこの作品集でも指折りの甘やかされネコチャンが登場する話です
最新式の宇宙船AIが猫奴隷になって猫のためになんでもするようになる話なので、キャラ立ちのいいAIと猫の共演は個人的に好きなもん詰め合わせなお話なので嬉しくなりました!
この著者さんの解説の項目で、アン・マキャフリィの著作を原作にゲームブックの執筆もされているとの情報もすごく気になりました めちゃくちゃ読んでみたい

『共謀者たち』 ジェイムズ・ホワイト

こちらの宇宙猫の名前はフィリックス
先に収録されている“へリックス”とおそらく元ネタは同じ名前の猫さんで、高度な知性を身に付けてしまった存在であることも共通していますが、その性質や辿る運命は大きく違い、そんな多様性が込められたアンソロジーでもあることがしみじみ面白いです
こちらの話の猫のフィリックスは、高度な知性を身に付けると共に倫理観や愛情、なによりも、かつて野蛮にネズミなどを追い回していた自分に対して羞恥心を憶え、だからこそ成すべきことを成さねばならない! と決意しています
その姿が、尊いと共に痛ましさも感じる話で、結末もどこか悲しく感じてしまった
知性は幸せや喜びをもたらすとは限らないこと、そして猫は愛玩対象であり人間に属する存在であること、それからは自由になれないという話に読めてしまった

『チックタックとわたし』 ジェイムズ・H・シュミッツ

この短編集の中でも、文体としてちょっと異色に読める少女の一人称の話です
光学迷彩ねこのチックタックをお世話してる賢い女の子の話で、話は面白いのですがどこか読みづらさがあって手こずりました
チックタックの表記がチックタックだったりTTだったりするのはどうしてなんだろう
チックタックの体重が200ポンド(約9キロ)なのがすごく好きです デカネコかわいい

『猫の世界は灰色』アンドレ・ノートン

とても短い話、というよりは長編のプロローグのような予告編のような話でした
女性と猫の設定はCOOLで素敵だっただけに、しっかりボリュームある状態でも読んでみたいです

『影の船』 フリッツ・ライバー

宇宙の果ての酒場の話…のようなのですが、どうも描写に分かりにくいことが多くて登場人物も多くて展開もわちゃわちゃしていて、結局なにがどうなったのかよく分からなかった作品です…最後にして!
良かったのは酒のみのことを“泡食い”って呼んでいたり、喋る猫のキムのしゃべりかたがめっぽうかわいいことです
「ボクハ ネコシャ
 ネジュミヲ トルノサ。」って歌ってくれたりもする
『モジャ公』や『21エモン』みたいな宇宙もののスラップスティックコメディのコミカライズをしてくれたら読みやすくなりそうなので、ドラえもんに漫画製造箱の小説コミカライズ機能アプデ版を出してほしいなあ~ドラえもん出して~なんて妄想しました

こうして感想をまとめてみると、猫の扱いに不満を感じてしまうのは、地球上で暮らす現在の自分の環境に近い生活をしてる猫たちであって、宇宙に出かけた猫たちにはそうしたモヤモヤは抱きにくいと分かりました
ならば、現代を舞台にした猫が登場するSFを作るとしたら、どのような話にすればいいのだろうか
自分が納得がいく作品ってどんなSFなんだろう? そんなことも考えた次第です

ちなみにこの作品は、noteお休み期間中にこちらの記事を参考にさせて頂いて読みました
ご紹介ありがとうございます

ところで、日本のSFで猫が出てくる作品で思い当たるのは、神林長平さんの『敵は海賊』シリーズと秋山瑞人さんの『猫の地球儀』シリーズですね
こちらも久しぶりに読みたいなあ

帯文のわかりみ

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