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カーテン越しの小さな命

 アイツはとても利口な奴だったと振り返っても、そこにはもうアイツはいない…。
 キッチンで料理を始めると、黙って後ろに座り料理の出来上がりを待っていたり、帰宅する時も玄関に座り45度斜めに頭を上げ「遅かったにゃ〜」と迎えてくれていた。
 そんな風な知的な愛猫ミミとの20年間は、とても心地よい時間をくれた。
 愛猫ミミが亡くなりしばらくたった頃、小さな家の小さな庭に彼女が現れた。

 彼女は面立ちがどことなくミミと似ていて、どうやら妊婦さんの様で、重たいお腹を大切に抱えながらチラリと顔を見せる様になっていた。
 ある日小さな庭の木の下で、彼女は出産をしたらしく、小さな身体の母親にぶら下がる様に必死な子供達の姿は…、柔らかに温かく眩しくて…。

 産まれた子供の命に罪なんてないし、必死に産んだ母親にも罪はないのに、冷たく追い払う事など出来なかった。
 しばらくの間、彼女と3匹の子供達を見守っていたが、懸命な姿を目の当たりにすると情が湧くけれども…、長生きした愛猫ミミを思い出し、最後まで一緒に生きていく自信がないままで飼う決断が出来ない…。
 とは言え、時折彼女と子供達を狙うカラスを見かけると、傘を開いて脅かして追い払ったりしていた。
 彼女と3匹の子供達に食べものを差し出し、成長する彼等の姿をガラス越しにニンマリとしながら、ほんの少し垣間見る、必死な子育て模様に、ほっこりとして…。
 飼う事もままならないならと、“ノラ”よりは彼女と子供達の明るい未来を望んで悩んだ末に、電話をする事にしたのは、傲慢だったのか…?

 動物保護センターに彼等の未来を託そうと、電話をかけると優しげな口調で話し、「引き取りには保健所の職員がうかがいますね。」と…、気持ち良く「お願いします」と電話を終えた。

 翌日に保健所の役人さんがやって来て、「無責任なエサやりはダメです…」と…!
 まるで、コンピューター処理された音声ガイダンスが話す様に、無機質で無関心に話しだした。

 彼の矛盾だらけの説明に苛立ちが隠せない…。

役人さん
 「目の開かない仔猫との母猫を見守って下さい。」


「横たわり、弱ってますが…」

役人さん
「エサをやってはいけませんが、見殺しはしないで下さいね、動物保護法でそうなってます」


「衰弱してたから、昨日は見かねて食べ物を差し出したんですよ」

役人さん
「無責任なエサやりはしないで下さい」


「ノラネコで弱っていても、保護しないの?」
「ノラネコは動物じゃないの…?」
「あの姿を見て、何も感じないんですか??」

役人さん
「飼えなくなった事情の動物は保護します。」
「要するに、“飼育”する方が高齢になり飼うことが出来ない場合です。」
「保護しても、一定期間経過の場合、処分です」


「飼育ですか…?」
「保護センターが新しく建てらだけれど、あれは何ですか…?」

役人さん
「一定期間の預かり、新しく飼い主が見つかればいいけれど、その他は処分です」


「処分…、殺処分の事ですか? 動物保護センターって何ですか?」

役人さん
「新しく飼い主が見つかればチャンスセンター、見つからなければ最終処分場です。」
「そもそも、こちらへ伺わなくても良かったのですが、だって“ノラネコ”でしょっ…!」


「えっ……。」

 身の凍る様な機械的な言葉の冷たさに、何か得体の知らない恐怖が感じ絶句した…。

 それならタテマエ行政とやらに、変な期待をせずにまだ殺されないノラの方が期待をもてるのではと、暫くの間元気になるまでと自分の気持ちに無理にフタをしながら見守り、そしてある日必死に生きる彼を見放してしまった…。
 小さな庭が見えるカーテンを、夏のあの日を境に開ける事が出来ず、心のカーテンを閉めた…。
 自分の嫌いな偽善者の様に、何か大切なものを失くしたのかも知れない…。
 彼女と子供達が姿を見せなくなった頃、空からは真っ白な雪が舞い降りていた。

…………………… 続くかもしれない ……………………


 
 
 
 
 





 

 
 


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