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ライブ終わりのバー

ライブ終わりの僕たち4人は「ピンキー」というバーで反省会をするのが日課になっていた。僕と筒香と田中はウィスキーのロックを頼み、石川はカクテルを頼んでいた。石川はギター担当ということもあり、見た目が派手なものを好むところがあった。

僕たちは高校でバンドを結成し、卒業しても解散せずにメジャーデビューを目指し、月に多い時は3回ほどライブをしていた。

マスターがトレイに乗せて運んできた。各々グラスを手に取り「乾杯」と言って一口飲んだ。こんなに低いトーンで乾杯を言っているのなんか僕たちぐらいだろうな。なんせ今日のライブは散々な結果に終わったからだ。

ライブ中、ギターの弦が切れ石川は気持ち悪い笑顔を浮かべているし、バンドの大黒柱であるドラムの田中が演奏中スティックを落としライブハウスが静まり返った。なにもかもがぐだぐだのまま最後まで立て直すことが出来なかった。

「なんでお酒って美味しいんだろうな」沈黙に耐えきれず僕が言った。

「何か忘れたいことがあるから美味しいのさ」筒香が言った。歌詞を書いているだけあってどこか哲学じみたことを言う。

「今日のライブはひどかったな」石川が申し訳無さそうに言った。それに続いて田中も「ごめん・・」と言った。

「東京ドームじゃなかっただけマシだよ」2人を励ますため僕が軽く冗談を言った。誰も笑うこともなく、沈黙が訪れた。

28歳という年齢になり、皆将来のことに不安を感じ始めていた。いまならまだ社会のレールに戻ることが出来るような気がする。しかし、誰も解散という言葉を発しようとしなかった。4人とも頭の片隅にはちらついていると思うのだけれど。正直者キャラの僕がその痛い部分を突くことにした。

「もしこのバンドが解散したらみんなどうするの?」3人の視線が一瞬集まり、すぐにそらされた。まるで道端で極道に出会ったかのように。

「うーん、オレは実家に戻って何かをするかな」田中が言った。僕たちの地元は群馬だ。

「オレは東京がいいな~。住みにくい所だけど刺激もあって楽しいよ」石川が言った。筒香もそれに同意した。

「ただ、東京で何をするかだよな。フラフラしてるぐらいなら群馬に帰った方がいいわ」バンドマンというと夜の街で活躍し、なんだか不真面目という印象があるが、僕たち4人は至って真面目だった。真面目だからこそ誰も和を乱さなかったのかもしれない。

また沈黙が訪れた。僕は何かを忘れるかのようにぐいっとウィスキーを飲み干した。

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