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短編小説:料理ロボット

「最新の料理ロボットを買ったんだ。今度食べに来てくれよ」貴明は嬉しそうに言った。

「またそんなの買ったの?」私はそれを聞いて不満そうに言った。それから塩タンを2枚網の上に乗せた。金曜日の焼肉店ということもあり、店内はとても賑やかだ。

「あぁ、貯金もコツコツしてるし、来週の箱根旅行代も多めにキープしてあるさ」

「だったらいいけど。ギリギリになって金欠とか絶対やめてよね」貴明は無類の新しいもの好きで、特にAIを搭載した家電製品には目がなかった。

「わかってる。僕はこう見えて計算通りに生きれる人間なんだ」貴明は誇らしそうに言った。

どこからどう見ても数式やロボットが好きそうな見た目だと由佳は思った。が、面倒くさくなりそうなので言わないことにした。

貴明がロボットやAIについて語るときは、小学生がカブトムシを捕まえたときのように目がキラキラしていた。そんな好奇心に満ち溢れている目を現実的な考えで壊すのはなんだか気が引けた。

それに社会人になっても心の底から熱中できる趣味がある貴明が羨ましかったし、そんな彼と付き合えていることが誇らしかった。

「そのロボットは何が出来るのよ?」

「食材の切り出し以外はなんでも出来るよ」

「味の調整も出来るの?」

「イエス」

「火入れとかは?」

「ロボットにセンサーがついてるから問題ない。僕が気をつけることは食材の大きさを揃えることぐらいかな」

「今から行ってもいいかしら?」それを訊いてからシメの冷麺はなしにしようと思った。

「もちろん。本日のシメは料理ロボットに任せよう」

「うわぁ、これが料理ロボット?」黒い炊飯器の横に同じようなものがどっしりと置いてあった。炊飯器の3倍はある。

「そうだよ。思いのほか大きいでしょ」タワーマンションに住んでいる貴明はにんまりと笑顔を浮かべて言った。ちなみに彼は有名IT企業の社員だ。

「うん。キッチンが広くないとこんなの置けないよ」

「たしかに、これからは軽量化に力を入れていくんじゃないかな」貴明は料理ロボットを撫でながら言った。手触りを楽しんでいるように見える。

貴明のキッチンにはサランラップのような原始的なものはなく、得体の知れない電子機器ばかりが置いてあり近未来を想像させた。そしてその近未来的空間はほどよい清潔感を放っていた。

キッチンにはどう見ても高性能なミキサーや、メガネをしまうケースのようなものが置いてあった。これは何かと訊くと貴明は「スピーカー」と答えた。

貴明の部屋には使い方の分からない機器ばかりが置いてあった。なので使い方を教えてもらうのだが、1ヶ月後には違う機器に置き換わっていることがざらにあった。貴明はとてつもない早さで部屋の機器を循環させていた。

貴明と付き合う前、彼はこんなことを言っていた。「虫の命は短い。だけどそれはとてつもない早さで循環が行われており、進化も起きやすいということなのさ。まぁつまり、環境に適応できて絶滅しにくいってこと」

たしかに古いものがいつまで滞っていると何かしらの問題が出てくる。歴史を振り返ってみるとと、だいたいそれが原因で国は崩壊している。

貴明の部屋は『循環型部屋』だった。料理ロボットや高性能ミキサー、メガネケースのようなスピーカーは来月生き残っているのか分からない。私はなんだか勿体無いようにも感じるが、貴明の趣味なのでそっとしておいた。

「今からこのロボットでなに作るのよ?」

「ちょっと冷蔵庫と相談してみるよ。由佳は何が食べたい?」そう言って貴明は一人暮らしの男性には大きすぎる冷蔵庫を開いた。

「なんでもいいわよ」

ゴソゴソ漁ってから「肉じゃがでいいかい?」と訊いてきた。

「いいわよ。私が切ろうか?」貴明は頭が良いわりに料理の手際が驚くほど悪い。パソコンや電子機器の前でしかその頭脳は発揮されないのだ。

「じゃあ、由佳に任せようかな。大きさを揃えてね」

「わかったわ」そう言ってじゃがいもや豚肉を手際良く切った。

切り終わった後あくびが出そうになったので噛み殺した。料理ロボットの前で目を輝かせている貴明の前であくびは出来ない。時計を見ると0時を回っていた。焼き肉の後に肉じゃがを作るなんて人生で初めてだ。

貴明が料理ロボットのボタンを押した。すると「カチャ」という音を立てて炊飯器のように蓋が開いた。どこを押したのかは見えなかった。その中に取手のない鍋のようなものが入っており、具材をすべてそこに入れた。貴明が言うにはこれで終了らしい。

「あとはスマホのアプリで料理名を打ち込んで、好みの味付けを設定するだけだよ」そう言って貴明はスマホを開いた。

「醤油とかもこの機械に入っているの?」

「あぁ、それは僕があらかじめ入れておかないとダメだけどね」

「それでもすごいわね。ご飯を炊くみたいだわ」私が関心していると料理ロボットがなにやら話始めた。

『ナナミさん好みの味付けでよろしいですか?』

近未来的なキッチンは静まり返った。温かみのない無機質な音声が知らいない女性の名前を出したからだ。悪気もなく淡々と。

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