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小説:狐025「ポジション」(883文字)

 珍しく会社の飲み会があり、それを経て『狐』に来た。いつものカウンターに腰掛けていつもの球状の氷が浮かんだビールを飲む。
 後ろでは既にいつもの調子で方向感のない議論が巻き起こっていた。

「譲れないね。鶏の唐揚げだよ」
 とスミさん。
「いやー。サードは春巻きに決まりですって」
 とタロウさん。
 サード? 三塁?
 スミさんが少し大きな声を出す。
「だからさぁ、セカンドがたこわさびでショートが枝豆なのは一致したよなぁ! ならサードは鳥唐で決まりだろ?」
「決まらないです!」
「まあまあ、サード後回しにして、バッテリー決めますか?」
 と仲裁するかのようなマニさん。
 セカンド、ショート、バッテリー? やはり野球に違いない。おつまみか何かに野球をさせようとしているのか? この馬鹿馬鹿しさがまさに『狐』である。こんなこと会社の飲み会ではまず話題にならないだろうしな。私の居場所はやはりここだと実感する。

「ピッチャー、難しいなあ。もろきゅうかな?」とスミさんが思案する。
「真っ直ぐ速そうですね」とマニさん。
「パワーで押す感じかな? 僕は揚げ出し豆腐に投げさせたい」とタロウさん。
「揚げ出しはキャッチャーだろ? ったく何もわかってないねー」とスミさん節が出て、タロウさんを半ば愚弄する。
「いやいや、キャッチャーは絶対ポテトサラダですよ」と主張するタロウさん。

 この手の印象主導型の議論には何の根拠もない。正解などそもそもない。その前提で思い思いの捉え方を展開する。意見の衝突は免れない。むしろその争いとしての見解の不一致を楽しんでいるふしが当人たちにはある。プロレスに近いと感じた。

「生ハムメロンはDHでいいですね?」とタロウさん。
「助っ人外国人っぽいな。っつーか、おいらはそんなん出してるとこにはいかないけどな」とスミさんが笑う。続けて、
「外野はフライでかためるか…… フライだけに」とスミさんが調子に乗る。私のビールに浮かんだ氷がカララッと音を立てて回転した。
「あ、焼き鳥どこにしますか?」とタロウさん。
「焼き鳥はあれだ、クローザーだ」とスミさん。
 この試合はまだ閉じる気配がない。

いつもどうもありがとうございます。