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小説:狐

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『狐』 ジブラルタル峻 作 2024年2月6日、30投稿にて完結。
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#連載小説

小説:狐020「本当の怖さ」(708文字)

「シンジさんの話だけどさぁ」  エロウさんがレッドアイを飲みつつ喋る。 「定食屋のエピソードのほうが怖かったな。アタシにとっては」  シンジさんとしてはどうでもいい話だったのだろうが、確かに気になる。だいたいこんな話だった。  *  その定食屋に入るシンジさん。常連と思しき中年男性が一人、カウンターで肉野菜炒め定食を食べている。彼がシンジさんに語りかける。 中年男性「あんた、見慣れないねえ。東京から来た? あ、そう。あのね、新しい時代に入ってるからね」 シンジさん「新し

小説:狐021「ヘチマ」(972文字)

「ウリ科の一年草。インド原産です。ちなみにヘチマという和名は、まあ諸説ありますが、漢字の糸瓜に由来します。いとうり。これが縮んで、“とうり”。このと、は、いろはにほへ“と”ちりぬるを、で分かるように“へとちの間”にありますよね。だからヘチマ。この説が有力ですね。  ちなみに、ヘチマの花言葉は“悠々自適”で……」  その後もマニさんの蘊蓄は続いた。私は2杯目のビールに突入していた。球体の氷がカラリと音を立てた。  一通り喋り終えてスッキリするマニさん。そこでエロウさんが、 「

小説:狐023「リスティーさん02」(908文字)

「ハイ。いいですか? まずですね、人はランダムな行動の総体なんです。  “自分のことは自分が1番分かっていて、自分を自分がきっちり制御している”  多くの人はこのように思っていますが、それは誤りです。  この得体の知れない“自分”の中を分析していきましょう。するとどうでしょう?  ハイ。カオスです。カオスなんですよね」  ここでリスティーさんはライムサワーを飲む。なぜかライムサワーである。アルコールを知り始めた大学生が飲みがちなものとしてのライムサワー。あるいは、とりあえず

小説:狐024「ボウリング」(1006文字)

 ゴロゴロゴロゴロー…… ガッシャーン! 「っしゃー! ストライク!! どんなもんだぁ」  スミさんに誘われボーリング場に来てみた。平日の夜なのでかなり空いている。大学生風の男女混合グループが一組。一番端のレーンには一人で黙々と投げ込んでいる男性ボウラーがいる。 ……先日の『狐』にて。スミさんが、 「久々にボウリングしてえなあ。今度みんなで行ってみねぇか?」  と思いつきで発言する。それに快諾したのが私と意外にもヒトエさんだった。  ヒトエさんは、スミさんとハイタッチし

小説:狐026「たこ、いか」(1026文字)

「で、結局のところたこですよね、たこわさびって。わさびではなくたこ。たこがメインでわさびがサブと。メイン→サブの順」  タロウさんがハイボールを飲みながら身振り手振りを交えて力説する。  すかさず、スミさんが、 「それがどうしたんだ? タコわさうめぇよな。おいらの大好物! それだけだな。  あ、思い出した。昔ラズマタズってバンドあったけど、あれの愛称はラズマタ、だったよな。ズだけ略すんだ。一文字だけ縮めるってところがミソでな。タコわさもそういうこった」  と言い放つ。 「

小説:狐027「正しい嘘」(997文字)

 いつものカウンター席に腰かける。ドアがギギギと音を立てた。 「ぅいらっしゃっ」  マスターの挨拶の仕方で分かる。あのトーンと言い回しは一見さん向けではない。常連客、それも常連度の高い客が来店したのだろう。そんなことを思い浮かべつつジョッキを傾ける。  案の定スミさんだった。 「えっ! どしたんだナリさん!」  私のビールジョッキを指さして、大きな声を上げる。店内の他の客も私のほうに目を向けている。注目されるのは苦手なんだが。  スミさんが驚嘆の表情を浮かべながら 「

小説:狐028「個性」(1378文字)

「で、何だ、なんかあったのか?」  スミさんの顔色は悪いままだ。肌の色・質感がまるで粘土だ。私が球状の氷を入れずにビールを飲むのがそんなに奇異なのだろうか? そもそもこっちのほうが一般的な飲み方のはずだ。 「なにかあったと言えばあったし、なかったと言えばなかったって感じです」 「おいおい、ナリさん。変な言い方するなあ。あんた、もっとまともだったろ」 「『狐』ってこういう所ですよね」 「あ、ああ、確かにそうだ。まともなやつはあんまりいねぇな。みんなだいたいまあ何つーか、平た

【完結】小説:狐030「狐」(1318文字)

「実は造形のアートスクールに入学しました。一昨日のことです。  何かきっかけがあったわけじゃないんです。ここでみんなの話を訊いていて、少しずつ自分が内的に動いていたんだと思います。自分でも自覚できないような速度で。気づかぬ程の力で。  もしきっかけがあったとすれば、それはもうずいぶん前のことですから」 「その遠足んときの、“なにものでもないもの”みたいな作品に出くわしたことだな」とスミさん。 「『何かであって何かでないもの』。作者は扇 榴弾。日本現代美術の巨匠」とマニさんが