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小説:狐028「個性」(1378文字)

「で、何だ、なんかあったのか?」

 スミさんの顔色は悪いままだ。肌の色・質感がまるで粘土だ。私が球状の氷を入れずにビールを飲むのがそんなに奇異なのだろうか? そもそもこっちのほうが一般的な飲み方のはずだ。

「なにかあったと言えばあったし、なかったと言えばなかったって感じです」
「おいおい、ナリさん。変な言い方するなあ。あんた、もっとまともだったろ」
「『狐』ってこういう所ですよね」
「あ、ああ、確かにそうだ。まともなやつはあんまりいねぇな。みんなだいたいまあ何つーか、平たく言うと、変な奴だ」

 それを聞いて、エロウさんが割り込む。
「あたしは別に変じゃないでしょ」
「そんなエッチなカラダつきして、エッチな漫画描いて、けっこう変だろ」
「スミさん、そんな風にあたしを見てたんだぁ。スミさんこそ変ですね。変態さんですね」

 マニさんも入り込む。
「私も変ではないです」
「あんたも変だよ。知識だか真理だか知らねぇけど。知らなくてもいいことばっか知ろうとして。おいらは変だと思うぜ」

 スミさんが続ける。
「リスティさんもリストにこだわりすぎてて変!
 タロウさんも浪人期間が長すぎて変!
 レンさんも身なりはいいけど“一日25時間説提唱者”だから変!
 シンジさんも旅行に行きすぎて変!
 アーマーさんも筋肉つけすぎて変!
 ヒトエさんだって賢すぎて変!」

 常連メンバーほぼ全員を変だと称するスミさん。
「ただ単に、みんな信じる何かに集中しているだけですよね。その過剰性を見て、スミさんは変だと言っている」
 と私は思っていることを口に出してみた。我ながら珍しい。普段は黙考しそうなものだが。

「あ、ああ。まあそういうことかもしんねぇ。さすがナリさんだな。変と個性は紙一重だ。
 ナリさんと、あとカズミちゃんだけだな。普通なのは」

 するとすかざず、エロウさんが差し挟む。
「そう言えばカズミちゃん、デビューしたよね。セクシービデオで」

「は? 何言ってんだ?! カズミちゃんはセクシー女優にならねぇだろ。冗談言うなら笑えるやつにしてくれ」

「冗談じゃありませんよ。この間、スミさんいなかった日にカズミちゃん来てて、嬉しそうに語ってましたから」とマニさん。

「お、おいらのカズミちゃん。カズミちゃんが……」

 スミさんはがっくりと肩を落とした。体全体が5割縮んだように見えた。

「カズミちゃんにとっては至極当たり前の行動なんじゃないかしら。別に変でも悪いことでもないよね」とエロウさんが至って普通の声色で話す。

「誰か止めなかったのかよぉ」とスミさん。
「別に止めないでしょ。カズミちゃんが自分でよく考えて決めたことなんだし。周囲が言えることはないわ」とエロウさんらしい返答だ。

「ホントは止めて欲しかったんじゃないのか。なあ。ナリさん、そう思わないか。わざわざみんなに言うなんて」
「いや、ここは『狐』ですよ。むしろ、背中を押してもらえると思ったんじゃないですかね」
 と私は思うところをそのまま述べてみた。

「おいおい、ナリさんまで…… おいらがおかしいのか? なあ、おいらの考え方が古いのか?」

 スミさんは頭を抱える。
 しばらくして再び語り出す。

「……そうだ。最初に訊いたよなあ。ナリさん、ビールに氷入れてないけど、何かあったのか? ってこと」

「ここに通ううちに、自分もやりたいことを思い出した・・・・・んです」

いつもどうもありがとうございます。