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【新刊エッセイ】江上剛|『王の家』のこと


『王の家』のこと

江上剛

 フジテレビの情報番組に出演していたとき、大塚家具の経営権を巡って創業者の父と骨肉の争いを繰り広げていた長女にお会いしたことがある。彼女は「かぐや姫」と言われ、大手金融機関出身かつ美人であり、古い経営者と闘う女性としてもてはやされていた。私は、カメラが回っていないところで彼女に「創業者の精神を大事にしない会社はダメになりますよ」と言った。彼女はちょっと首を傾げ、怪訝な表情を浮かべた。イケイケムードの最中だったので、私の言葉など微塵も心に響かなかったことだろう。彼女は父の追放に成功し、一度は天下を取ったが、経営方針は二転三転し、業績は悪化の一途をたどる。大手家電量販店の支援を得たものの、結局は会社としての大塚家具を消滅させてしまった。

 私の予言通りになったわけであるが、それを自慢げに話したいわけではない。今、多くの企業が後継者問題に頭を悩ませており、大塚家具の問題は個別の企業の問題ではないのだ。誰を後継者に選べば、企業を永遠に存続させることができるのか。このテーマで小説を書こうと思ったとき、シェイクスピアの『リア王』が頭に浮かんできた。江上剛が『リア王』を読むのかと思われる方もいるだろう。実は、結構愛読しているのだ。シェイクスピアは、日本で言えば近松門左衛門ちかまつもんざえもんであり、三遊亭圓朝さんゆうていえんちょうではないだろうか。彼らの世話物は、人間の感情や欲望がむき出しになっており、シェイクスピアの戯曲と相通じる気がしている。『リア王』は、老いた王が、国を三人の娘たちに譲ろうと考えたところから悲劇が始まる。これはまさに後継者問題ではないだろうか。

『王の家』は、百年家具を製造販売する宝田たからだ家具の創業者壮一そういちをリア王に見立て、三人の娘たちとの愛憎劇を描いた。これは経済小説として読むことができるが、実は父と娘の家族小説でもある。経済小説を専らにしている私の新たな挑戦として温かく受け入れていただきたい。

《小説宝石 2023年7月号 掲載》


『王の家』あらすじ

日本一の家具店を一代で築いた〝家具王〟宝田壮一だが、寄る年波には勝てず、また後継者選びにも悩んでいた。三人の娘の誰かに会社を譲ろうとするが、それぞれの思いが食い違い、骨肉の争いに。宝田家具には〝破滅〟への道しか残されていないのだろうか……。

著者プロフィール

江上剛 えがみ・ごう
1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学卒業後、銀行勤務の傍ら『非情銀行』でデビュー、のち専業に。近著に『Disruptor 金融の破壊者』『凡人田中圭史の大災難』等。


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