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『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉)・新人賞受賞作が刊行されるまで【著者×担当編集者】アフタートーク 第6回

対談=鴨崎暖炉(作家)× 下村綾子(宝島社)
聞き手・構成=円堂都司昭

二○二二年九月三十日、宝島社にて収録。撮影/前 千菜美
※対談はソーシャルディスタンスを守り、マスクをつけて行いました。

 作家にとって商業デビューするということは、プロの編集者と初めて仕事をするということだ。小説新人賞に応募した原稿は受賞後、どのように書籍化されるのか。第20回『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリを受賞した『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』は、書名通り密室づくしの楽しい内容である。この小説が発想され、実際に本になるまでを、作者と編集者にふり返ってもらった。

館のホテルを従業員二人で回すのは無理?

――鴨崎かもさきさんが小説を書き始めたのは、会社の同期に勧められたからだそうだとか。

鴨崎暖炉だんろ 入社して間もない十三、四年前、小説を書いていたその人から、なぜか「小説書いたら」といわれ、僕も物語を作りたい気持ちはあったから書いて読んでもらいました。すると「あまり面白くなかった」と(笑)。「すごいね」とめてもらえる前提だったのに。

――逆にその人の作品の感想を伝えたこともあるのでは。

鴨崎 僕は無難に「面白かったよ」といいました。向こうはそうじゃなかった。

――でも、くじけることなく書き続けた。

鴨崎 十年以上投稿して、一次選考と二次選考の間をフラフラし続けるつらい時期でした。

――最初に応募したメフィスト賞ではコメントをもらったんでしょう。

鴨崎 設定、ストーリー、キャラクターのすべてがありきたりと評されました。冗談だろ、そんなことあるのかというくらいショックでした。自分は面白いと思っているのに伝わらないのかと、とんでもなく挫折ざせつしたんです。

――それ以外にコメントをもらう機会はありましたか。

鴨崎 同人誌も投稿サイトもやっていなかったので、小説は同僚以外に見せたことがありませんでした。ただ、ライトノベルの賞だと一次選考を通ると選評をもらえたりするんです。評価シートを送ってくれて、それが唯一のレスポンス。でも、一次で落ちると通過作一覧に名前がないとわかるだけで、なにが悪かったかもわからない。

――選評やコメントを次に書くものに反映しようとしましたか。

鴨崎 反映はしていなかったかも(笑)。具体的に反映できるようなコメントはなく、ふんわりした感想だったんです。当時は多くのジャンルに投稿していたので、次に書くのが別ジャンルということもよくあって、それも反映しにくい理由でした。

――で、『このミステリーがすごい!』大賞への応募になりますが、同賞は予選でもコメントが出ますね。

下村しもむら綾子あやこ 一次選考を通ればコメントがつきます。

鴨崎 一次では、書籍化できるだけの力があると褒めていただきました。ただ、二次選考はこの日だと思っていた金曜日に電話がなく落ちたつもりでいたら、月曜日の夕方に通過の電話がきて驚いて、すごく緊張しました。

――下村さんは『このミス』大賞に関わってどれくらいですか。

下村 第3回からずっと関わっています。

――この賞は、大賞受賞作以外もいけそうな作品はどんどん出す感じですね。

下村 はい、アグレッシブに出しています。

――受賞作の編集は、その作品をした人が担当するんですか。

下村 「隠し玉」と呼ぶ作品は編集部で選びますから、担当は挙手制で作品を好きな者がつきますけど、受賞作に関しては交代で担当しています。

――鴨崎さんの作品を読んだ時、どんな印象でしたか。

下村 とても面白くて、売れそうだと感じました。館ものや密室ものは人気があるし、ベテランだけでなく若手も出てきている。そのなかで鴨崎さんの作品には独特のユーモアがあってオリジナリティがある。

――これまで編集を担当した作品には、なにか傾向はあったんですか。

下村 海堂かいどうたけるさんの『チーム・バチスタの栄光』、最近だと新川しんかわ帆立ほたてさんの『元彼の遺言状』などを担当してきて、ジャンルはバラバラです。実は私は、今回のような本格ミステリは得意なジャンルではないんです(笑)。

――応募時の作品名は『館と密室』、ペンネームは「金平糖かねひらとう」でしたね。

鴨崎 その後、「金平」で検索すると「金平糖」の名を使う人がけっこういたので改名したいとご相談しました。覚えてもらうのが大事だと暖炉にしたんですけど、もうすぐ四十歳だし鴨崎はよくても暖炉はどうだろう……と思ったり。

下村 独特のネーミングセンスで私はいいと思います。文庫解説の瀧井たきい朝世あさよさんは、冬しか活動できなそうとおっしゃっていましたけど(笑)。確か、この名前には由来がありましたよね?

鴨崎 暖炉がある家に住みたい、暖炉の前で本が読みたいという憧れからつけました。

――デビュー作は館ものだし、雪が降っているし、しっくりきますね。

鴨崎 実は冬の館なのに、作中に暖炉は出てきません。応募時は名前が暖炉でなかったし、その後も書き忘れてしまって(笑)。

――受賞後は書籍化へと進みますが、選考段階から修正案は出ていたんですか。

鴨崎 それほどなかったと思います。宝島社の会議室で下村さんと顔合わせした場でいくつか指摘され、その後、直しの一覧をメールでいただきました。細かい部分でしたね。ホテルとして使われている館が舞台ですけど、従業員が支配人とメイドだけ。食事がバイキング形式でも広い館を二人で回すのは無理ではといわれました。確かにそうですが、登場人物の数は被害者の数から逆算したものですし、従業員は二人で十分だと思うと打ちあわせで伝えたら、その考えはよくない、細部をリアルにすることを考えたほうがいいといわれ、掃除に関しては大量のルンバを出す案に落ち着きました(笑)。十台、二十台の部隊がワーッて展開する。

下村 想像するとユーモラス(笑)。作品全体としてはほぼできあがっているし、ここを直してという必要があまりない作品だと思いました。選考委員の皆さんもおおむねそういうご意見で、前半で言及されるUMA(未確認生物)のことくらいでした(笑)

――イエティですね。

鴨崎 コロナで授賞式は流れてしまいましたが、選考委員の講評をいただくリモートの会があって、香山かやま二三郎ふみろう先生が「イエティがどうなったか気になる」とおっしゃっていました。僕は気にならないんですが(笑)。でも、ネットでもどうなったのかという人が多い。

――気になりますよ。イエティやルンバみたいな動くものがあるなら、なにかあるかもって。

鴨崎 あーー、そうなんですね。でも、イエティをトリックにからめるのは難しいです(笑)。

鴨崎「直しの指摘は、全部受け入れるわけではないです(笑)」


お気に入りキャラを「いらない」といわれ

――直しは少なかったそうですが、これまで担当した受賞者と比べてもですか。

下村 かなり少ないです。世界観ができあがっているので直せないところが多い。ただ、応募原稿のボリュームがけっこうありましたので、厚い本はあまり売れないと話して、短くするなら朝比奈あさひな夜月よづきという登場人物はいらないかもしれないと、ちらっといったら、「いや、僕は絶対いるんです」と仰るので、では、いいですと答えました。

鴨崎 夜月いらない説は常にあって、読者にもけっこういます。僕はお気に入りのキャラですけど、確かに前半はかなり出てくるのに後半は少し絡むだけ。でも、削ると彼女の役割を別の人にやらせなきゃいけないから大工事が必要になり、全体の雰囲気も変わる。夜月がいないと暗くなる。暗いほうがいいという人もいますが、僕はこれくらいの明るさが好きなんです。だから「夜月いらないよ」ツイートをみるとイラッときます(笑)。

下村 でも、さっきの同期の方に対してもそうですが、いわれてもめげない、傷ついたりやめようとか思わないのが、鴨崎さんです。

鴨崎 ちょいちょい傷ついてますよ(笑)。

下村 例の会社の同期の方はデビュー作を褒めてくれたんですか。

鴨崎 「よくできてるんじゃないか」といってくれたのでよかったです。

――編集者から意見をもらって直すという初めての経験はどうでしたか。

鴨崎 大変でした。一カ所を直すと周囲に直さなければいけないことが出てくるし、ミステリとしてはあちこち対応しなければならない。ただ、自分ではわからない部分を指摘してくださるので、もちろんありがたいと思っています。

――でも、全部を受け入れるわけではない。

鴨崎 そこで若干もめる感じですか(笑)。

下村 頑固だと思います(笑)。ミステリ観の違いもあるかもしれません。鴨崎さんは、密室が作れてその謎を解くための物語上の必要性というところで書いています。その言い分もわかるけど、私はそういうところが気になっちゃう。トリックの都合だけでできている館になると面白みががれるのではと、いっていました。

――鴨崎さんは、もともとどういうタイプのミステリが好きだったんですか。

鴨崎 基本は本格で青春ミステリや日常の謎をよく読んでいました。読み始めは加納朋子かのうともこさん、それから米澤穂信よねざわほのぶさん、同時期に伊坂幸太郎いさかこうたろうさんを読んでいました。最初に応募したメフィスト賞系の古野ふるのまほろさん、殊能将之しゅのうまさゆきさん、深水黎一郎ふかみれいいちろうさんも好きでした。

――最近多い特殊設定ものは。

鴨崎 今村昌弘いまむらまさひろさんの『屍人荘の殺人』は好きですね。

――今回の『密室黄金時代の殺人』も、「密室不解証明」が「現場不在証明」と同等の価値があると一つの判例が出たことで世界が変わるので、特殊設定といえなくもないですが。

鴨崎 微妙です。僕のなかでは魔法や超能力など非現実的なことが起きるのが特殊設定で、この作品はありうること。物理法則に反していないので特殊設定ではないつもりです。でも選評などで特殊設定といわれることもあったので、そうなのかという感じでした。

――実際に読むと徹底的に密室を書いているから、その意味ではオーソドックスな本格という印象を持ちました。

鴨崎 古典的なイメージは持っていました。王道の館ものを書こうと思ったので。

――それで密室づくしをやるための理由づけで判例の設定が出てくる。

鴨崎 たまたま思いつき温めていた設定が、これならたくさん密室殺人の起きる話が書けて楽しいかなと考えました。六個出てくるトリックを一つの場所で成立させるのは大変でしたけど、頑張って詰めこみました。このトリックはすごいといわれるミステリがあるじゃないですか。「あれ、本当にすごかった」と雑談に出てくるような。自分の小説もそうなるのが理想です。そのためには、どれがいけているか発表しないとわからないから、たくさん書きたい。密室にはこだわりがあるし、今後も不可能犯罪中心になると思います。

――密室以外のトリックはいかがですか。アリバイトリックとか。

鴨崎 アリバイトリックもあるにはありますけど、密室ほど数はないですし、思いついてもパソコンのメモの密室のページに書いています。アリバイトリックを使って密室を作れるので、僕のなかでは密室扱い(笑)。

――あと面白いのは、登場人物のネーミングですね。徹底的にわかりやすい。探偵は「探岡さぐりおか」と一発で覚えられる。

鴨崎 基本的に読者は、登場人物がどういう人かというと職業くらいしか思い浮かばないでしょう。名前と属性が紐づいていたら、わざわざ登場人物リストに戻らなくてすむ。

下村 密室に特化しとがっていくため、読者に余計なストレスをかけないようにされている。

鴨崎 読みやすさ重視で、半分の人には伝わるけど他の半分には伝わらないという表現は使いません。誰が読んでも理解できる書き方をしたい。それでも、再校ゲラは誤字脱字の修正くらいかと思ったら「わかりづらいです」と大量に入って、ひたすら修正しました。

――ミステリだと時間の整合性とか辻褄つじつまに関する校閲チェックもあるでしょう。

鴨崎 そこは僕もめちゃくちゃ気にしているので、あまり指摘はなかったです。

――普段のお仕事は、システムエンジニアですよね。

鴨崎 そうなっていますね。

――微妙ないい方ですね(笑)。

鴨崎 あまり仕事が得意ではない(笑)。パソコンも得意じゃないんです。

下村 えー、SEですよ?

鴨崎 SEになったのも就職活動中にハマっていた伊坂幸太郎さんが元SEだったから。それでSEという仕事があるのかと認識して「やってみるか」くらいのノリだったので、伊坂さんを読んでいなかったらたぶんSEになっていません。

下村 えーーっ! 初めて聞きました。やっぱり鴨崎さんは面白い。そういうユーモラスなところ、とぼけた感じが作品のよさにつながるんですね。

――仕事でも注文を受けて修正することはあるんですか。

鴨崎 しょっちゅうです。設計書などを作るんですが、チームメンバーでチェックして直しの要請を受けて対応する。小説だと校閲さんや下村さんの指摘を反映する作業と似ています。だから会社でやっていることが若干生きているかもしれない(笑)。ただ、会社だとけっこうさらっと直しますが、ミステリはこだわりが強いので、ここはこうさせてくださいといったりしますけど。

下村「鴨崎さんのとぼけた感じが作品のよさにつながるんです」


直しの少ない優等生。でも話は聞かない

――原稿修正の期間はどれくらいでしたか。

下村 三カ月強です。こちらの都合ですが、年間計画で刊行スケジュールが決まっています。『このミス』大賞は一月刊行なので文庫グランプリもあまり離れないようにして、宣伝計画に乗せて出すわけです。時にはトリックの差し替えとか、根本的な修正が入る例もあります。でも、鴨崎さんの直しは少なかったですし、優等生です。ただ、こちらの話は聞かない(笑)。

鴨崎 あれ、そうですか。

下村 聞かないです(笑)。

――某社の新人デビュー作で修正時に設定を変更し、トリックも二つほど加え応募作からかなり増量した例を聞いたことがあります。

下村 ええっ! うちは削れ削れと本当にうるさくいいます。

鴨崎 最初に書いた原稿は四十字×四十行×二百枚でしたが、賞の規定がその字詰めで百六十枚だから削って応募したんです。それでも文庫化すると四百ページを超えて、下村さん的には分厚ぶあついらしく削ってくださいといわれ、すでに削っていたからきつかったです。刊行された本は本文が四百四ページまででしたが、削らなかったら四百六十ページくらい。個人的には扉ページがある本が好きだから入れたかったですけど、そこも詰めるしかなくて。

下村 鴨崎さんが書かれる人物のやりとりは、一見無駄みたいなところに味があるのはわかるんです。聞き返すとかオウム返しとかをけっこう使うんですよ。それが間の面白さになっていますけど、どこを削るかというとそこから間引くしかない。

鴨崎 それで、夜月のセリフが切られ登場シーンも減り、不要論につながった(笑)。一番したのが削る作業。泣きそうになりながらやっていて、僕がいくら弱音を吐いても下村さんは「はい、頑張ってください」(笑)。

下村 ここ改行してるじゃないですか、つなげましょうとか、お願いしていました。

鴨崎 一字削ると改行の関係で一行減ったりするので繰り返せば数ページ浮く。でも、ゲラでは字の組み方でズレが出て、その作業は無駄になる。減らしたはずなのに増えて愕然がくぜんとして、どうすればいいんですかと聞いたらさすがに「もういいですよ」といわれました。

下村 ちょっと諦めつつですけど。

鴨崎 確かに新人の分厚い本を自分が買うかというと怪しいので、事情はわかるんです。

――密室関連の図は応募時から入っていたんですか。

鴨崎 最初にあったのは、第一の密室と第四のドミノが並んだ密室の見取り図くらい。本ではほぼ全部の密室に図が入っています。応募枚数が上限ギリギリだったので、あまり図を入れず文章で説明しようとしていたんですけど、下村さんから、図があったほうがわかりやすいから入れましょうといっていただきました。

――ドミノの密室はいいですよねえ。印象に残ります。

鴨崎 みなさん、褒めてくれます。僕は他のトリックを推していたんですけど。自分が思うのと他人が評価するものは違うんだと感じました。自分がいくらすごいといっても意味がないので、評価自体は他人に預けようと思いました。今回、ドミノが受けるとわかったので、みんなはこういうのが好きなんだとつかんだつもりですけど。

――ドミノの密室は、作品の世界観と合っていますよね。

鴨崎 普通にやるとアホだと思われるでしょう。硬派な刑事ものにあのトリックだったらメチャクチャ(笑)。ある意味、どんなトリックでも大丈夫な世界観なので、それが強みかもしれません。

――売れ行きはどうですか。

下村 今の段階で七万五千部。売れています! 鴨崎さんの作品は密室への偏愛が読者を引きつけ、ロジック云々うんぬんだけでなく読者を楽しませることを追求してくださっている。誰よりもご自身が密室が好きという点が伝わってくるところが、やっぱり強い。葛白香澄くずしろかすみ蜜村漆璃みつむらしつりの関係性に青春ものの風味もあって、〝陽の密室もの〟です。描写も血腥ちなまぐさくなりすぎないのがオリジナリティで、独特の世界観が受け入れられたのだと思います。

鴨崎 青春ミステリとクローズドサークルが好きなので、それらをあわせた作品を書きたいんです。

――二作目は。

下村 年内(2022年)の十二月刊行です。

鴨崎 原稿はほぼできていて、今、直しています。タイトルは『密室狂乱時代の殺人』、サブタイトルを「絶海の孤島と七つのトリック」にするつもりです。今度も密室づくしで他の要素も少しあります。「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」という判例を作った裁判官・黒川くろかわちよりが、孤島にいる設定で、デビュー作の数カ月後の話。トリックは七つになります。実はシリーズものにしたいと思っていて、一作ごとにトリックの数を一つずつ増やそうと目論もくろんでいるんです。

――増えれば増えただけ解明する必要がありますけど、厚さはどうなんですか。

鴨崎 今書いているのはひたすら推理が続くみたいな感じですごいことになっています。厚さは要相談ということで(笑)、デビュー作を下回ることはないですね。

下村 そこが問題で……。

鴨崎 できるだけ一作目に近いページ数ということでいかがでしょう。

下村 また、せめぎあいですね。……私たちは、こんな関係性で本を作っています(笑)。

《ジャーロ No.85 2022 NOVEMBER 掲載》



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