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気鋭の作家、今村昌弘氏のミステリ観、読書遍歴。その意外性と発見の連続とは。|若林踏 「新世代ミステリ作家探訪」通信【第3回】

文=若林 踏 

 まずは一点、ご報告です。本イベントのSeasonⅠに相当する内容を収めた『新世代ミステリ作家探訪』が第二十二回本格ミステリ大賞評論・研究部門の候補作に選ばれておりましたが、二〇二二年五月十三日に行われた開票式の結果、残念ながら受賞には至りませんでした。評論・研究部門の大賞受賞作は小森こもりおさむ編『短編ミステリの二百年 1~6』(創元推理文庫)です。小森さん、おめでとうございます(小説部門は芦辺あしべたく『大鞠家殺人事件』、米澤よねざわ穂信ほのぶ『黒牢城』の二作が受賞)。拙著を応援いただいた皆様、ありがとうございました。実は本稿を執筆している最中に第二十二回本格ミステリ大賞の全選評が掲載されている東京創元社の雑誌『紙魚の手帖』vol.5が届きました。急いで選評に目を通しましたが、各投票者による意見やご指摘に励まされると同時に、「第二弾は更に良い本に仕上げてみせるぞ」という闘志が湧いてきました。これからも〈新世代ミステリ作家探訪〉は続けていくつもりですので、引き続きご声援の程よろしくお願いいたします。

 さて、五月八日に開催したSeasonⅡ第五回のゲストは今村いまむら昌弘まさひろさんでした。今村さんといえば、二〇一七年に第二十七回鮎川あゆかわ哲也てつや賞を受賞した『屍人荘の殺人』(東京創元社)が各ミステリランキングを総なめにし、二〇一八年には第十八回本格ミステリ大賞を受賞、さらには映画化(二〇一九年公開、配給:東宝)やコミカライズ(ジャンプコミックスにて全四巻刊行、漫画:ミヨカワ将)もされるなど、デビュー時点からコアなミステリファン以外の支持も集めた作家です。まさに謎解きミステリに対する拡散力と求心力を兼ね備えた書き手ですが、その読書遍歴をひもとくと、実はデビュー以前まではミステリにそれほど触れてこなかったことが分かりました。印象的だったのは「例えば『金田一少年の事件簿』などを読んでいれば、謎解きミステリのスタイルは自然と理解できるはずでは?」という質問に対し、今村さんが「『金田一~』は怪人が登場するので、自分はミステリではなく怪奇ものとして認識していました」と答えたこと。一瞬驚きましたが「確かに〝ミステリ〟と紹介されていなければ、そのように受け取る読者もいるのではないか」と、ミステリにどっぷりかった人間から見えない視座を与えられました。

 そんな今村さんが影響を受けた作家として名前を挙げたのは、三雲みくも岳斗がくと虚淵玄うろぶちげん。三雲岳斗はライトノベルレーベルを中心に活躍する作家ですが、『M.G.H. 楽園の鏡像』や『海底密室』(ともに徳間文庫)といったSF要素を取り入れた本格謎解きミステリも手掛けています。今村さんの〈剣崎けんざき比留子ひるこ〉シリーズはいわゆる〝特殊設定ミステリ〟と呼ばれる作品群に入るものですが、その原点は三雲作品にあると言って良いでしょう。虚淵玄作品については『ファントム アイン』(角川スニーカー文庫)などのPCゲームのノベライズを愛読していたとのことですが、今村さん曰く「虚淵玄作品はその世界に敷かれたルールに誰もが振り回されながら生きる、という点が本格謎解きミステリの精神に近い」とのこと。これまで虚淵玄作品はノワールや犯罪小説に近い文脈で語られがちなイメージがあるため、この今村さんの意見は謎解きミステリとの親和性という新鮮な切り口だと感じました。今村さんと筆者は世代が極めて近いにもかかわらず、イベント内でお互いが語った読書体験は非常に対照的で、それ故に色々と発見の多いトークになったと思います。

 さて、次回の〈新世代ミステリ作家探訪通信〉は六月の紺野こんの天龍てんりゅうさん、七月の白井しらい智之ともゆきさんとの回の模様をお届け。お楽しみに。

《ジャーロ No.83 2022 JULY 掲載》


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