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『案山子の村の殺人』楠谷佑&『嘘をついたのは、初めてだった』講談社編|Book Guide〈評・円堂都司昭〉

文=円堂都司昭


『案山子の村の殺人』楠谷佑

「読者への挑戦」掲げる正統派ミステリ

 エラリー・クイーンのように従兄弟で合作するミステリ作家・楠谷佑の二人(宇月理久、篠倉真舟)が、土着信仰のある村の小説を構想していた。参考のため訪れた宵待村では、毒矢が射られる出来事が続いていた。村に多い案山子の一つも標的にされ、二人が別の案山子の消失に気づいた場所で、ついに人が矢で殺害される。現場は足跡がない「雪の密室」だった。

 楠谷佑『案山子の村の殺人』は、東京創元社のレーベル「ミステリ・フロンティア」の二十周年記念特別書下ろし作品だ。因習が残る地域で怪事件が起きる点は、横溝正史作品を連想させる。犯人当てに関し「読者への挑戦」を挿入する点も、謎解きを主眼とする本格ミステリらしい稚気が感じられる。

 といっても本作は、横溝作品ほど古風な怪奇色はない。案山子への民間信仰があるといっても、村のコンテストで作られた案山子の姿は様々でアンパンマンを模したもの、フランス人形風もある。あくまでも今の時代の田舎だ。探偵役の合作コンビは学生であり、同世代の友人の実家が営む村で唯一の旅館に宿泊する。地元では、成功した蔵元と廃業した蔵元の息子同士に軋轢があった。旅館の客となった地元出身歌手は、村民に歓迎されるが、なかには反感を抱く者もいた。

 また、東京に出た友人と村の神社に残った幼なじみの女性には、意識のズレがうかがえる。彼らを、内向的な理久と社交上手な真舟の対照的な従兄弟同士が傍で見ている。そこには、青春小説の甘酸っぱさがある。みんな現代を生きる普通の人々だが、住民は大なり小なり過去のしがらみにとらわれており、事件発生によって村社会の論理がせり出す。その状況で青年が謎を論理で冷静に解く展開が、爽やかな印象を残す。

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『嘘をついたのは、初めてだった』講談社編

意外と切ないショートショート集

 『嘘をついたのは、初めてだった』は、書名の一行から始まる話を二十九人が書いたショートショート集。

 赤川次郎、竹本健治などのベテランから須藤古都離のような新鋭まで様々な作家が参加しており、幅広い作風を楽しめる。どんな関係の相手に嘘をつけば読者は衝撃を受けるのか。小さくて深くえぐる嘘か、それとも多数を巻きこむ大きな嘘か。

 二十九人もの作家が嘘を競いあう状況自体が、面白い。恋人や家族など狭い関係でも、村あるいは人類といった大きなスケールでも、収録作で語られる嘘の多くに切なさが感じられるのが印象的だ。

《小説宝石 2024年1月号 掲載》


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