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『#真相をお話しします』(結城真一郎)・空前の大ヒットを生んだ仕掛けとは?【著者×担当編集者】アフタートーク 第10回

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対談=結城真一郎(作家)× 村上龍人(新潮社)
聞き手・構成=円堂都司昭

二〇二三年五月九日、光文社にて収録
撮影/前 千菜美

 第七十四回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した「#拡散希望」を収録した結城真一郎ゆうきしんいちろう『#真相をお話しします』は、昨年のミステリー界を代表する大ヒット作となった。二〇二二年六月末の発売から一年が経とうとしているのに、未だに売れ行き好調である。なにが、この成功を導いたのだろうか。


意識的に方向性を変えた

 ――結城さんは新潮社からデビューしましたけど、村上むらかみさんはいつから担当しているんですか。

村上龍人たつと 最初からです。僕は週刊誌に四年くらいいてから文芸の部署に配属され、二年目に第五回新潮ミステリー大賞の下読みに参加しました。受賞した結城さんの『名もなき星の哀歌』(応募時の「スターダスト・ナイト」を改題)の元原稿を読んで、えらく長かったんですけど、文章やアイデア、熱量がいい小説だと思いました。当時の同僚とこの作品はいいねと話して、僕が単行本の担当になりました。

結城真一郎 村上さんに初めてお会いしたとき、話しやすいなと思った一方で「とりあえずタイトルを変えましょう」「ちょっと長いですね」とずばずばいわれたので、強めな方だなと感じましたけど、最終的によい作品になりました。一番つきあいの長い担当編集者さんです。

 ――これまで担当したのは四冊ですか。

村上 そうです。

 ――デビュー作『名もなき星の哀歌』(二〇一九年)は記憶、『プロジェクト・インソムニア』(二〇二〇年)では夢やナルコレプシーを題材にしてSF的な要素があったのに対し、『救国ゲーム』(二〇二一年)、『#真相をお話しします』(二〇二二年)は現実寄りでテイストが違うと思うのですが。

結城 意識して変えました。こいつはこういう話ばかり書くなと思われたくなくて、次に何を仕掛けてくるかわからない立ち位置になりたかったので、三作目でガラッと方向性を変えました。

 ――それに関しては、なにかアドバイスをしたんですか。

村上 結城さん自身、次に何を書いたほうがいいのかというのが意識的だったので、お互いが意見をいいあっても方向性がぶれませんでした。年一冊はコンスタントに出したいという思いがある中、二作目にいただいた『プロジェクト・インソムニア』は一作目以上にミステリーでした。まずはミステリー作家として業界や書評家へ認知を広げようというところから戦略がスタートして、それなりに認知度は高まった。次はもっと本格ミステリーをやろうと意識して『救国ゲーム』を出し、前後して「#拡散希望」で日本推理作家協会賞を受賞できた。『救国ゲーム』も第二十二回本格ミステリ大賞の候補になったので、さらにその次はミステリー以外のところでも読者がつくようにしたいと、けっこう前から意識していました。

 ――そうしてできたのが、「#拡散希望」を収録した短編集『#真相をお話しします』ですね。同書の収録作はいずれも「小説新潮」が初出ですが、「惨者面談」が二〇一九年二月号掲載で一番早く書かれています。

結城 デビュー作の発売と同時に「惨者面談」が世に出て、一年後に「#拡散希望」。さらに一年後の「ヤリモク」を発表した直後くらいに「#拡散希望」が推協賞にノミネートされ、受賞。これで短編集を作りましょうという流れになった頃に『救国ゲーム』を出したという順番です。

 ――そうふり返ると、「惨者面談」が後々の方向性のとっかかりになった感じでしょうか。

結城 そうです。「惨者面談」は本格ミステリ作家クラブのベスト・アンソロジー『本格王2020』に選ばれましたし、「#拡散希望」と二作で短編のいい流れをつかめたように思います。

 ――ただ、その二作を書いている段階では、まだ書籍化までは視野に入っていなかったんですよね。

結城 具体的な話はなかったですけど、勝手に僕自身は、いずれ短編集にすることを想定して、こういうテイストで並べたら引きがあるんじゃないか、テーマに統一感があって面白いんじゃないかと考えながらやっていて、それが結果的にうまく結びついたんです。

村上 「#拡散希望」が受賞した段階で、これは本にしなきゃダメだと思いました。

 ――あまり間をおかずにって感じですか。

村上 そうです。小説雑誌って特に自社の新人さんにはそこで力をつけてほしいという意味もあって、七作、八作くらいたまった段階で厳選するのがいいんじゃないかと、気長にかまえていたんです。でも、受賞が決まった段階で、結城さんのもともとの考えでもありましたが、現代的な事象をとりあげた本にしましょうと互いの認識が固まった。そこから「パンドラ」の精子提供、「三角奸計」のリモート飲み会というその後の短編の内容が決まっていきました。収録作が揃ったら早めに出しましょうというスピード感にもつながりました。

 ――打ち合わせは、どのようにしたんですか。

結城 そもそもあまり打ち合わせをせず、こんな風にやろうと思いますからといきなり原稿を送る、あるいは途中までを送って感想をいただく形なんです。

村上 それを二、三往復でしたっけ。短編掲載に際しての「小説新潮」の担当者もいるので、単行本担当の僕と二人で読んで結城さんに返答したんです。

結城 大きな軌道修正を求められることはなくて、ここはちょっとトーンを抑えた方がいいとか、この伏線はもう少しわかりやすい方がいいという程度のやりとりでした。

「令和を生きる私たちのニュー・ノーマル」

 ――短編五作を本にするにあたっては、収録順を発表順と微妙に変えていますね。

村上 賞を獲った目玉だから「#拡散希望」が最後、ベスト・アンソロジーにも収録されたしわかりやすくてとっかかりに良い「惨者面談」が最初というのは、決まっていました。「ヤリモク」はちょっとエロ要素があるし、「パンドラ」は投げかけて終わるような形式でミステリーとしてもテイストが少し違うから、このへんが二番手、三番手だろうかとか。
結城 そう考えていくうちに最初と最後を決めた以外は、掲載順でいいと落ち着きました。

 ――書名を収録作のタイトルからとるのではなく『#真相をお話しします』として、「#拡散希望」のハッシュタグ(#)を使う形になったいきさつは。

結城 もともとは書名も「#拡散希望」の予定だったんですけど、そうするとネットでは猫を探す人の拡散希望ツイートとかにまぎれて、検索性が落ちてしまう。ハッシュタグはつけつつ、従来にあまりないワードでこの作品集の全体に通底する内容にしたいと話して、村上さんと互いに案を出し続け、最後に村上さんからこの案を出していただきました。

 ――ほかにも有望な案はあったんですか。

結城 最初は「閲覧注意」「取扱注意」みたいに、収録作と同じく四文字で縛っていたんです。一冊の短編集になった時、目次に四文字のタイトルが並ぶと見栄えがいいと思っていたから。でも、書名までそうする必要はないとなってからは、村上さんがガーシーとかの暴露チャンネルにたどり着いた。

村上 その種のチャンネルのサムネイルを見ていると「真相をお話しします」というフレーズがよく出てくる。あとは、ハッシュタグをつけた方がいいという意見をいただくなかでここに落ち着きました。

結城 このワード自体はなじみがあるし、うさん臭さもあるのでピッタリだと思いました。

 ――推協賞受賞について本の帯にも記されていますが、選評で特に心にとめるようなことはありましたか。

結城 構成をほめてくださっている方が多かったですし、そこは自分の武器だと思っている部分でもあるので、今後も活かしていきたいと思っています。

村上 推協賞も本格ミステリ大賞も、それほど悪く書かれた選評はなかったと思います。

結城 それでいうと、デビュー時の新潮ミステリー大賞で貴志祐介きしゆうすけさんからボロカスにいわれたのが、過去一番だと思います。「果たしてこれはミステリーと呼ぶべきなのか」から始まり、結びの一言が「私は未だに納得がいっていない」。そう書かれた以上、誰が読んでもミステリーだとうなずくものを二、三作目以内に出したいというのはありました。僕が本格ミステリーとして評価されるような作風に寄っていった一因かもしれません。

 ――本の帯には「令和を生きる私たちのニュー・ノーマル」とありますね。

村上 なんとなくノリで、「ニュー・ノーマル」を使いたかっただけです。

 ――家庭教師派遣サービス、マッチングアプリ、精子提供、リモート飲み会、ユーチューバーを題材にした短編集の内容をよく表したフレーズですし、ハマっていると思いました。

村上 端的なワードでいい表せるテーマに統一できたのは、成功だったと思います。

 ――『救国ゲーム』にもドローン、自動運転車、ネット論客といったモチーフが登場しましたが、この長編も「令和のニュー・ノーマル」でしょうか。

結城 最新技術が出てきて、今の日本の問題をとりあげている意味では、わりと近いです。現代を切りとったといえるかもしれない。

 ――『#真相をお話しします』のカバーのデザインは、魚眼レンズに映った男の子の目を書名が隠す形になっています。カバーをはずした本体では、目が露わになっていてなんともいえない表情を見せ、不安を感じさせる。これは、どのように決めたんですか。

村上 タイトルが決まる前から、編集だけでなく営業やプロモーションなどいろいろな部署の人がゲラを読んで、これは売りたいからしっかり密にみんなで考えて戦略を練りましょうと話していたんです。それで映#ば$えるタイトルになったから、書店さんでの多面展開を考えた時、どんな装丁がいいかと社内のデザイナーと相談して、太田侑子おおたゆうこさんという写実的なタイプのイラストレーターがいいとなったんです。写真ではきつすぎるし、ビジュアルとしてイラストでマイルドにしつつ、映えるという意味では顔のアップはわかりやすい。しかも目線で隠せば煽情せんじょう的でもあるし、タイトルにもあっているのでこのように落ち着きました。最初は、もっとモザイク的な隠し方にする案もあったんですけど、タイトルを立たせるにはシンプルに目を隠す方がいいと決まりました。セックス・ピストルズが好きなので、「God Save The Queen」を彷彿とさせるデザインで個人的にも大満足です。

結城 初めてラフの絵を見せていただいた際、この気味悪さとインパクトは内容にぴったりだと思いました。カバーを外すと素顔が出てくるちょっとした仕掛けも作品の雰囲気にあっている。

 ――推協賞を受賞した作品がすべてよく売れるわけではないですが、この本は未だに平積みしている書店も多いですし、販売は好調だとか。どの段階でこれはいけるぞとなったんですか。

村上 新潮社のホームページにアップされた担当者座談会でも話しましたけど、これほど売れるとは思っていなかったんです。デビュー作以降、一般に認知されるほど売れたわけではないけど、ステップアップはしているし、依頼も多くきていたから崖っぷち感は全然ない。とはいえ、今度の新刊も初版はさほど多くならないだろうということはあるし、よーし、売ったるぞみたいなのはなくて……。

結城 (笑)。笑うしかない。

村上 いやいや、違う違う。売りたい気持ちはありましたよ。ただ、最初から「告知するメディアをバンバン押さえます」なんて確約はなかなかできないわけですよ。まずは過去作のデータをもとに、現実的なプランを組み立てるので。でも、確かに売れそうな路線ではあるし、そもそもマスにどう届けるかというコンセプトで結城さんとも話し合っていた。そこで社内で、売れそうな題材だから読んでみてほしい、と宣伝したところ「これはいけそうだ」との声が多く集まり、初版の上乗せにトライすることになったんです。ただ、もちろん根拠がないと上乗せはできません。他社さんでもそれまでの実績をもとに初版を決めると思います。ですから、面白い作品が出るからどんどん注文してくださいと、書店さんに事前に呼びかけて、注文数を集計し、そのぶんを上乗せすることにしました。そう決めたのが、二〇二二年の二~三月くらいです。それくらいのタイミングで、この本のプロモーションでは新しい取り組みをやってみようと決まったんです。いま僕、めっちゃ早口でまくし立てていますけど、これは決して言い訳ではありませんからね。

 ――最初の帯では、本格ミステリー作家の有栖川有栖ありすがわありす、女優の南沢奈央みなみさわなお、YouTubeクリエイターの虫眼鏡むしめがねの三氏の推薦コメントが載っていましたが、この人選は。

村上 ミステリーファンに届けたいので有栖川さん、より広く一般的な本好きにも引っかかるようにと南沢さん、現代性というコンセプトがあるのでインフルエンサーの虫眼鏡さん。そのバランスはよかったと思います。

タイトルを目線にしたカバーも話題に。外すとちょっと不気味な男の子の素顔が登場する。

「在庫なしでじーんときました」

 ――その後、本が売れていって、さらなるプロモーションの展開があったと思いますが。

村上 つらかったですね。忙しかったし、本当につらかった。

結城 繰り返してる(笑)。

村上 売れたら帯をつけ替えるという経験は今までにもありましたけど、それを戦略的にやろうと意識しました。最初は白ベースだった色を黒地にして黄色の文字にしましょうとか、コピーをどう目立たせるか、なにを訴えるかとか、編集者だけではなく著者はもちろん、プロモーション、営業とかとデザインを何度も練り直し変えていった。それは面倒くさいし、編集者がカッコいいと思ったやつにパッと変えた方が楽ですけど、読者にどう手にとってもらえるかを考え、通常の三、四倍の時間をかけてやりました。会社としてここまでの体制を作ってやることは、その後は他の書籍でもやり始めましたけど、初めての経験でした。その意味で、結城さんはめちゃくちゃ大変だったんです。

結城 取材を一日十件こなすことがざらにありましたし、こんな帯になりますという確認事項が毎回きて、確かに勝手にはやれないからしかたないんですけど、それをさばくのは大変でした。でも、それだけ手間暇かけてくれているんだというのは、ひしひしと実感しましたし、セールスにつながったのでありがたいと思いました。

 ――いろいろ反響があったと思いますが、印象に残っていることはありますか。

結城 やっぱり、一発目にテレビ出演が決まった『王様のブランチ』は、一つの夢だったので嬉しかったです。結果論でもありますけど、実績からして初版で何万部ということがないなか、話題が先行しリアル書店もネット書店も在庫なしということがテレビで流れた時は、もともとあまり世に流通していなかったことはある半面、それだけみなさんが手にとってくださったんだと、じーんときました。

 ――執筆依頼も増えたでしょう。

結城 ありがたい限りなんですけど、手が回っていないです。

村上 推協賞の時点で十社弱くらい依頼をいただいたと記憶していますが、『#真相をお話しします』が出てから四、五社さらに増えて。

結城 とはいえ、粗悪なものを乱造するつもりはないので自分のペースでと思いつつ、たまる一方ではストレスになるから、適宜世に出していきたいと思っています。

 ――実は今日もこれから授賞式だとか。

村上 今年初めて開催される「楽天Kobo電子書籍Award」の国内小説の分野で大賞に選ばれました。電子書籍に抵抗がない読者層に読まれている本なんだと思います。

結城 最初、「#拡散希望」の一話をネットで無料公開したのが、世に広まったきっかけでもあるので、この短編集は電子書籍との親和性がわりとあったのかもしれません。

村上 行替えのテンポも読みやすいですし。

 ――『#真相をお話しします』についてはさらなる展開も予定されているんですか。

結城 現在、コミカライズ版が連載中でコミックスの一巻が世に出ましたが、今後は翻訳版がアジア各国で順次刊行され、メディアを跨いだり国境を越えたりが続きます。村上さんが最初に話したようにこんなに売れると思っていなかったので、刊行から一年経つのにこうしてまた取材されたり授賞式があったりは想定外で、自信にはなりました。大きな一歩かなと思います。

 ――感想をくれた書店さんのコメントを打ち込んだ書店限定のPOPもあったりしますよね。

村上 弊社では、ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で同じようなことをやっていた経験があったんです。『ぼくイエ』はエッセイでしたけど、書店員さんがくれた熱いコメントを専用POPにして配布することを小説でもできないかと、発案されました。書店さんにも喜んでいただけるだろうと期待したんです。パネルは、会社の宣伝担当が全部手打ちで一から入力してデザインしたし、海外翻訳も含めいろいろな部署の人間がプロジェクトにかかわって動いてくれました。

結城 感想がガーッと書いてあるパネルや、フルカバーになったバージョンの帯もそうですけど、もはや仕事が立てこみすぎていて、僕はツイッターかなんかでそんなものもあるのかと知ったくらい。

村上 デビュー時からのつきあいということもありますけど、結城さんはこちらの意図を理解してくれるし、いい人なので提案には基本的にいいですといってくれるんです。取材対応もほぼ初めてだったというのに、立て続けにラジオに出演し、戻ってすぐ新聞社へ行ってみたいなのが続いて、最初の頃は魂が抜けた感じになっていました。

 ――それがベテラン作家さんだったら、各社のスケジュールが決まっているからそこまでの展開はできなかったでしょう。

結城 取材では、この話はさっきもしたけどこの記者さんだったっけとか錯綜してしんどかったですけど、あれはあれでいい経験になりました。

村上 でも、すぐ慣れて、テレビの取材でも「目線はこっちのカメラで大丈夫ですか」とか自分から率先していうようになって、すごくこなれていて、ちょっと嫌な感じになっていた(笑)。

結城 (笑)。

 ――担当作家に対する評価が乱高下しますね(笑)。

村上 私事ですけど、本は昨年六月三十日に出たんですけど、僕の子どもは六月二十九日に生まれたんです。

結城 覚えています。取材を七、八件受けていた日、村上さんはもう生まれるかもしれないと電話に連絡があって、現場から発たれた。

村上 本とともに我が子が生まれた感じです。だから、「#拡散希望」に登場する渡辺珠穆朗瑪わたなべちょもらんまにちなんで子どもの名前にチョモランマはどうかと一応いったんですけど、「ふざけんな、遊びじゃないんだよ」と妻に却下されました(笑)。でも、あの時期は大変でつらいことも多かったですけど、よかったですよ。売れずに終わる方がつらいですから。

(おわり)

《ジャーロ No.89 2023 JULY 掲載》



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