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夢の対決|森 英俊・Book Detective 【ディテクション77】

文=森 英俊

(本稿の執筆にあたっては、リュパンではなくルパンの名称が用いられている、平岡敦ひらおかあつし訳のハヤカワ・ミステリ文庫版を参照した。また、江戸川乱歩えどがわらんぽの『黄金仮面』のプロットの根幹部分にふれている箇所があるので、未読の方は注意されたい)

 別々の作者の創造した主人公たちが、同じ空間で知力や体力を尽くした戦いを繰り広げる――そんな贅沢かつ愉しい趣向の凝らされた物語がある。たとえば、フランスの誇る怪盗アルセーヌ・ルパンと、イギリスを代表する名探偵シャーロック・ホームズは、ルパンの生みの親であるモーリス・ルブランの作品のなかで、幾度となく顔を合わせる。

 ホームズは、短編集『怪盗紳士ルパン』(1907)の掉尾ちょうびを飾るエピソード「遅かりしシャーロック・ホームズ」で、初登場する。古城の城主からの出馬要請を受けて渡仏したホームズが、くだんの城に向かう途中で道を尋ねた人物が他ならぬルパンで、変装した相手の正体を知る由もないホームズは、ルパンを取り逃がしてしまう。

 そこでの両者はすれ違う程度だが、「いつかまた再会するでしょう」というホームズの予言どおり、ふたりは、『ルパン対ホームズ』(1908)に収められたふたつの中編「金髪の女」と「ユダヤのランプ」で、ふたたび相見える。本格的な戦いの第一ラウンドおよび第二ラウンドといったおもむきで、片一方が勝利を収めたと思われた途端、勝者と敗者が逆転し、これがくり返される。そのため、ルパンとホームズのどちらに肩入れして読んでも、勝負の趨勢すうせいに手に汗握らされることになる。両作とも雑誌に連載されたものであり、物語のこうした構図は、読者を飽きさせないためにも不可欠だった。

 続く長編『奇岩城』(1909)にもホームズは登場するものの、出番は少なく、ルパンに勝負を挑むのは、パリにある名門高校三年生のイジドール・ボートルレ少年である。ホームズばりの推理力を持ち、同級生たちからも一目おかれる存在だ。大人向けに書かれた長編ではあるものの、少年探偵を物語の中心に据えたことで、ジュニア・ミステリに近い感触の作品になっており、そのためか、ジュニア向けの翻訳も多い。ルパンの人間らしさ、ロマンティストぶりが感じられるという点でも、印象的な一作だが、脇役に格下げされたホームズの最終盤でのふるまいによって、ひどく後味の悪いものになってしまっている。実際、ルパン・シリーズの愛読者たちの怒りの声が、ここまで聞こえてきそうだ。

 筆者も含め、小学生時代にこれらスリリングなルパンの物語にポプラ社版〈怪盗ルパン全集〉で出会った、という読者も少なくないはず。ジュニア向けに大胆な改編を施した、それらの翻訳を手がけたのが、冒険小説の分野で戦前から人気を博していた、南洋一郎みなみよういちろう。その南洋一郎は、ポプラ社の〈日本名探偵文庫〉の第19巻として1956年に刊行された『洞窟の魔人』の併録中編「怪盗ルパンと佐久良探偵」のなかで、自身の翻訳書の主人公と自身の創造した名探偵とを対決させるという、離れ業を見せている。

 表題作を含め、いくつかの作品で探偵役をつとめる佐久良竜太郎さくらりゅうたろうは、東大出の秀才で、柔道四段かつ拳銃の名手。語学は英独仏をはじめ、七、八ヶ国語がぺらぺらで、スポーツのほうも、なんでもござれの万能選手。物理化学が専攻だが、探偵小説が好きで、とうとう自分が本物の探偵になってしまったという変わり者だ。

「怪盗ルパンと佐久良探偵」は、この青年探偵がプロ野球観戦の帰りに、ガード下で戦災孤児らしき少年と出会うのが、発端。その身の上に同情した佐久良探偵は、野毛山にある姉の家に少年を預け、そこから学校に通わせてやることにする。ところが、野毛山に向かうバスの停留所で、背がずばぬけて高い、金ぶちの鼻眼鏡をかけた、外国人紳士のネクタイピンを目にするや、佐久良探偵は顔色を変える。それが〈黄金短剣団〉なる秘密団体の合じるしだったからだ。〈黄金短剣団〉の隠れ家をつきとめるべく尾行を試みると、くだんの紳士の入っていった酒場には、フランス人らしき別の怪紳士が待ち受けており、義兄から預かった品を渡すよう、要求してくる。それは、ジンギスカンの秘宝の隠し場所を示す、謎の黄金板に他ならなかった。そして、その怪紳士の差し出した名刺には、おそるべき強敵の名前が印刷してあった……。

 この劇的な初対面の場面のあと、要求を拒んだ佐久良探偵に対し、〈黄金短剣団〉の首領たるルパンは、相手を満州へとおびき出し、そこで黄金板を奪い取ろうとする。その展開を受けて、物語の後半部では舞台が満州に移り、読者のほうもおのずと、そこでのルパンと佐久良探偵との戦いを期待することになるが、その前に物語は唐突に終わってしまう。某国からの抗議を受けてのものだそうで、五年後にはすべてを書いてもいいというお墨つきをもらったものの、ついぞ続編の書かれることはなかった。

 竜頭蛇尾に終わったこの「怪盗ルパンと佐久良探偵」が知る人ぞ知る作品であるのに対し、同じ趣向の江戸川乱歩の『黄金仮面』のほうは、1930年から翌年にかけて大日本雄辯會講談社だいにほんゆうべんかいこうだんしゃ(現・講談社)の大衆娯楽雑誌《キング》に連載されて以降、こんにちにいたるまで愛読され続けている。

 日本各地で美術品を奪い去ろうとする、神出鬼没の黄金仮面と対決するのは、われらが名探偵、明智小五郎あけちこごろう。物語の序盤では、この怪人の正体は謎に包まれている。とはいえ、日光山中にある侯爵家の別邸内に建てられた、小美術館に収蔵されていた藤原時代の如来像が模造品とすり替えられているのを発見された際に、くだんの像の底部の表面に「A・L」なる文字が記されているのが、ヒントになる。そのことによって、明智も、勘のいい読者も、黄金仮面の正体に気づくものの、実際にアルセーヌ・ルパンなる名前が出てくるのは、物語が三分の二ほど過ぎてからである。そのため作中では、黄金仮面の正体をめぐって、さまざまな憶測が飛びかうことになる。このあたりの展開の巧みさは、乱歩の真骨頂で、長く愛されるゆえんでもある。

 変装の名人ルパンは作中で、黄金仮面以外にも、さまざまな人物に扮し、警察の裏をかく。その巧妙な変装のひとつを明智に見破られ、明智や波越なみこし警部に追いつめられても、大がかりなトリックを用いて、みごと脱出に成功する。

 こうした、怪盗と名探偵との夢の対決は、アニメや漫画の世界にも飛び火している。記憶に新しいのが、2021年から翌年にかけて放送されたテレビアニメ「ルパン三世」の第6シリーズの、作家の大倉崇裕おおくらたかひろが脚本を手がけた回。それらの回では、ルパンの孫にあたるルパン三世がロンドンでホームズと渡り合う。もっとも、ここでのホームズは、ドイルの創造したホームズと同一人物ではなく、名探偵の名跡を受け継いでいるという設定だ。

 ルブランの原作に基づいた漫画化作品のほうは枚挙にいとまがないので、ここでは、ルパンとホームズのキャラクターを借りて、とんでもない作品に仕上げてしまった、貸本全盛期の珍作を紹介するに留めておく。

 その問題作が八木やぎのぶはるの『東京のルパン』で、1956年から翌年にかけて六冊が刊行されることになる、少年探偵の東大作あずまだいさくが活躍するシリーズの一作目にあたる。版元は、貸本屋向けの漫画を出していた曙出版。

 世界各国を恐怖に陥れた怪盗ルパンが日本に上陸し、日光の東照宮から国宝を盗み去る。その翌朝、若いながらも日本有数の推理力を誇る東少年は、警視庁の荒井あらい警部からの要請を受けて、故郷の長野を離れ、東京へとやってくる。さっそく警視庁に顔を出すと、出迎えた荒井警部は、「昔からルパンにかんする事件はホームズときまっている」と、フランス(!)から招聘したシャーロック・ホームズと協力してルパンの逮捕にあたってほしいと告げる。ホームズの母国をなぜ変えているのかは謎だが、なにはともあれ、大富豪の有金膳部ありがねぜんぶ邸を襲撃するというルパンからの予告を受け、日仏の探偵がタッグを組む。ルパンが有金邸から持ち去ろうとしているのは、〈巨人の眼〉と呼ばれるサファイヤで、有金が戦時中に中国から持ち帰ったものだという。東少年の発案で有金邸には厳戒態勢が敷かれるが、ルパンはその裏をかき、〈巨人の眼〉を盗み出すことに成功する。ところが、それはあらかじめ用意してあった贋物だった……。

 ルパンとホームズと日本の少年探偵とがしのぎを削るというプロット自体はすこぶる魅力的だが、この時代の貸本探偵漫画の常として、完成度は低く、ホームズがフランスの探偵になっている点を筆頭に、つっこみどころも満載。終盤近くの、最大の見せ場とおぼしき、変装の名人ルパンが意外な人物になりすましていることを東少年が明らかにする場面も、あまりに意外すぎて、とうてい納得しがたい。

 作者は曙出版から書き下ろし作品を一ダースあまり出したあと、東信二あずましんじにペンネームを改め、少年雑誌の分野に進出するも、ついぞ人気を得るにはいたらなかった。『東京のルパン』の完成度の低さ、画力の乏しさからして、驚くにはあたらないが、怪盗ルパンと名探偵ホームズという、子どもたちの二大アイドルともいうべきキャラクターを盛りこみ、独自のストーリーを作り上げようとした姿勢は、それなりに評価しておきたい。

《ジャーロ No.88 2023 MAY 掲載》



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