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『地雷グリコ』(青崎有吾)・二〇二三年のミステリー界を席巻した最強ギャンブル小説【著者×担当編集者】アフタートーク 第15回

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対談=青崎有吾(作家)× 和田典子(KADOKAWA)
聞き手・構成=円堂都司昭

二〇二四年三月二十一日、光文社にて収録
撮影/前 千菜美

 グリコ、神経衰弱、ジャンケン、だるまさんがころんだ、ポーカー。青崎有吾あおさきゆうご 『地雷グリコ』では、誰もが知るそれらのゲームに特殊ルールを追加した勝負で、頭脳戦が繰り広げられる。今回は、刊行後の感想戦である。


電子の海を渡ってきたシリーズ

――連作はどのように始まったんですか。

青崎有吾 七年くらい前、前の担当編集者から、学園ミステリーのアンソロジーを作りたいので読み切り短編が一つ欲しいといわれま
した。それで書いたのが「地雷グリコ」。学園アンソロジーなら青春色が強い作品が揃うだろうし、ゲームの話を書いたら目立つかなと思いました。結局、その企画はなくなってしまったんですが、編集者が短編を気に入ってくれて、連作に仕上げることになりました。だから、一話目と二話目以降では執筆の意識が違っていた気がします。

――その一話目のインパクトが強い。「地雷」の爆発ぶりがすごい。

和田典子 キャッチーなルールと展開で、読んだら印象に残りますよね。絶対覚えられる。

――階段でジャンケンをするグリコの遊びはよくやっていたんですか。

青崎 子どもの頃、ドッジボールとかほどではないですけど、やっていました。僕の住んでいた街は、高台があって階段が多かったせいもあるかもしれません。地方の友だちに聞くと、わりとローカルルールがある。グーで勝った時、「グリコ」で三段進む地域もあれば「グリコのおまけ」で七段のところもあったり。

――作中でグリコのゲームに足された「地雷」のルールは、どこから出てきたんですか。

青崎 短編のためにゼロから考えたわけではないんです。グリコをベースに何か面白いゲームができないかと考えていたときがあって、「地雷」を足すというのもアイデアのストックにあったんです。

和田 そもそもオリジナルのゲームを考えるのがお好きだったとうかがっています。

――一話目は「小説屋sari-sari」二〇一七年十一月号掲載ですが、次の「坊主衰弱」は「カドブンノベル」二〇二〇年十一月号掲載。

和田 媒体がなくなってしまったので。

青崎 流浪のシリーズです。

――「自由律ジャンケン」と「だるまさんがかぞえた」は、それぞれ「小説 野性時代」の二〇二二年三月号と二〇二三年二月号に発表され、最後の「フォールーム・ポーカー」は書籍化での書き下ろし。

和田 わりと特殊なケースで、紙媒体を経ず、ずっと電子の海を渡ってきたんです。

――「小説 野性時代」も紙から電子へ移行しましたものね。

和田 私は以前、別ジャンルの編集部にいたのですが、二〇一九年一月頃、文芸に異動したタイミングで青崎さんの担当を引き継ぎました。その時点で既に、次は「坊主衰弱」をいただいて連作短編にして本にしましょうというお話になっていました。

――女子高生・射守矢真兎(いもりやまと)とが頭脳バトルを展開するわけですが、二話目時点で話の先をどれくらい考えていたんですか。

青崎 最初が「地雷グリコ」だったのもあって、完全にオリジナルのゲームだと読者にはとっつきにくいだろうと思って、既存の子どもの遊びをアレンジしたものにする縛りは決めました。あとは、全五話くらいにすることと、ジャンケンや大富豪、だるまさんがころんだ、最後はポーカーかなとゲームの候補を出しました。でも、一作ごとの発表の時間が空くと、考えも少しずつ変わってしまう。

――編集者としては、一作ごとの間が空くのはどうなんですか。

和田 執筆に時間がかかる内容だとわかっていたので、せめて一年に一本はいただきたいという気持ちで呼びかけ続けました。いろいろご相談をして時間はかかりましたけど、休眠期などは特になく、コンスタントにお願いし続けてここまできた感じです。

――青崎さんは、ほかにもいろいろシリーズものを書かれていますけど。

青崎 流れとしては、なにか一冊、他社のシリーズ長編などを書き終えるとこの連作の短編をやる感じで、節目節目で頭を切り換えたというか。これを書くこと自体は、思い返せば楽しい作業で、書くのが大変だからもうやめたいとは思わなかったかな。

――和田さんから注文をつけることは。

和田 ないです。「自由律ジャンケン」の原稿をいただいた時、青崎さんのなかに完成したものがあると感じたので、それをいかにスムーズにアウトプットしていただくかだと思いました。展開がおかしい、リズムが変といったことを、そもそも読んでいて感じなかったですし。

図版のラフは全部作者が描いた

――変わったゲームを考えることは楽しいとしても、実際にやったらどうなるかはなかなかわからないじゃないですか。ゲームの具体的な局面をどのように考えるんですか。

青崎 真面目な作家なら編集者さんにルールを説明して一回テストプレイをするんでしょうけど、僕らはやらなかった……。

和田 やりませんでしたね。原稿をいただいたら、やりたい気持ちになるんですけど、原稿ができあがったからいいかなとなる。

青崎 阿津川辰海あつかわたつみさんの『午後のチャイムが鳴るまでは』にはポーカーをアレンジした「消しゴムポーカー」が登場するんですけど、彼から聞いたら編集者さん四人くらいを呼んで、どんないかさまでもOKというルールで一回テストプレイをして、出たアイデアを小説に活かしたそうです。なんて偉い人だ!と自分が恥ずかしくなってしまいました。僕
は頭のなかでルールを作り、逆転の方法やルールの落とし穴など考えながら、二人を脳内で対戦させ、どんな展開にできるか詰めていく、というやり方です。言い訳をすると、連作に出てくる対戦者は、それぞれガチで考え
るから面白い展開が生まれるんですけど、僕らみたいな人間がやっても、たぶんうまくいかない。

和田 盛り上がらなくて、ゲーム自体が駄目なのかとなっちゃうかもしれない。

青崎 ストーリーのなかでの成立を重視して作っていきました。

――ゲームのルールを作る時、最初から勝負の逆転の方法もセットで考えるんですか。

青崎 ルールを先に作って、そのルールでなにができるか、どんな方法で逆転したら一番映えるかを考えます。普通の人ならこういうセオリーを立てそうだという腹案も同時に作って、そっちは敵側の戦略にします。どんなルールにも探せば落とし穴はあるので。

――自分のなかで考えを整理するためになにかを書いたりしましたか。

青崎 プロットは書いていました。特に「フォールーム・ポーカー」はかなり複雑なゲームなので、事前に和田さんにカードの並びの画像を送った気がします。初稿の段階でミスがあったりして、僕が百円ショップで買ったトランプを和田さんに渡して、これで確認してくださいとお願いしたんです。

和田 校正者さんも頑張ってくださったんですけど、私も同じカードが二回出ていないかとか、夜な夜なカードを並べながらゲラを確認しました。編集部では「マジシャンになるのか」といわれました(笑)。

――アイデア段階でボツにしたゲームはありましたか。

青崎 初期の構想だと、三話目のゲームは大富豪にする予定でした。親になるたびにハウスルールを一つ足していけるという〝無限富豪〟というゲームで、「自由律ジャンケン」にも少しテイストが残っていますが。

和田 そもそも大富豪って、独自ルールがけっこうあるじゃないですか。

青崎
 うちの学校ではこうだった、とかいろいろなバリエーションがある。でも、プロットを作ってみたら複雑になりすぎて、これは無理だと思い、もっとシンプルな「自由律ジャンケン」に変更しました。

――ルールが特殊で展開も複雑ですが、図版の挿入で、わかりやすくなっています。

和田 全部、青崎さんにラフを描いてもらいました。私のこれまでの経験では、例えば地図をくださいといわれたら図版家と相談して編集の方で作ることが多かったんですが。

青崎 僕の場合、館の説明とかでいつもラフ画を送っているんですよ。

和田 やりとりをするなかで、物語に対する青崎さんの厳密性をすごく感じたので、私が考える図版をラフで発注したらたぶんイメージが違ってしまう。また、スケジュール上、スピーディにやらねばならなかったので青崎さんに全部お願いしたのですが、内容の精度が高くてラフが全然ラフじゃない。

――どういう図版を入れるかも青崎さんの判断ですか。

青崎 そうです。「地雷グリコ」の二二頁の図版は「sari-sari」掲載時にはなかったんですが、読み返したらあった方がわかりやすいと思って本で追加しました。図版については、デザイナーの二見亜矢子ふたみあやこさんの仕事が素晴らしい。「だるまさんがかぞえた」では、ラフ画の暗殺者に帽子とサングラスを描いておいたら、図版もそうなっていた。

和田 青崎さんのイメージの再現を目標にしました。ジャンケンの手を女子高生っぽい柔らかい感じに描いてもらったり。

青崎 ジャンケンの図は初出時、「この並べ方だとトリックがわかりづらくなる」と思って一回リテイクを出しましたね。

和田 その経験もあったので、図版はただイメージを描くわけではなく、どういう風に見せたいか、青崎さんのなかにきちんとあると気づかされたんです。

青崎 書き下ろしの「フォールーム・ポーカー」では、トランプの写真を撮ってこういう形でお願いしますとデータを送りました。

和田 図版ありきの話なので。

――本にまとめる段階での手直しは。

和田 最初の三話にかなり図版を足しましたけど、小説の展開自体は変わらない。

青崎 太字の書体の部分を増やしました。佐藤究さとうきわむさんの『テスカトリポカ』を読んで、書体変え、いいな、と思ったので。

和田 「自由律ジャンケン」のルールの部分など特にそうですね。

青崎 独自ワードがたくさん出てくる小説なので、そこをわかりやすくしたいんですけど、太字を入れすぎると教科書みたいになってよくない。めくっていて嫌じゃない、気にならない程度にしようとしました。

ギャンブル漫画からの影響

――連作後半で因縁の相手が登場する展開は、いつ考えたんですか。

青崎 二話目の時点で全体の流れは決まっていました。だから、人生はゲームじゃないという後半につながる話が出てくる。今、読み返すと、射守矢さんの性格や哲学は、二話目でかなり固まっていた印象です。また、三話目の最後に射守矢たちが通う頰白ほおじろ高校とは別の星せい越えつ高校が急に出てくる。

和田 そこからジャンルが変わるという感想がよくあります。

青崎 ここから急にギャンブル漫画に近づく。星越高校のアイデアはもともとあって、別シリーズでやろうと思っていたんですが、ちょうどいいからこの連作にくっつけて、中学時代の同級生がいる設定にしました。

――特徴的な登場人物の名前は、どう決めたんですか。

青崎
 「射守矢」は実際にある姓です。動物の名前を入れたくて、イモリにしようと。ヘビみたいな相手を吞んじゃうイメージだったんですが、書くうちに勝負師的な「矢」のイメージのほうが強まっていきました。名前を「真兎」にしたので動物が二つになって、とっちらかっちゃったなと悔いながら。

和田 「雨季田うきた」さんは傘のエピソードを書きたいというようなところから。

青崎 字面は不穏なイメージだけど語感はきれいにしたくて、お気に入りの名前です。雨季に田んぼで「雨季田」、絵空事の「絵空えそら」。

和田 いかさま師っぽいですよね。「鉱田こうだ 」さんの名前が明かされていないのは読者にも指摘されていて、そこはお楽しみです。

青崎 どこかで名前を出して、叙述トリックに使う案もありましたけど、ゲームをメインに見せたいのでそっちに引っ張られるとズレてしまうから、伏せたままにしました。「愚煙試合ぐえんじあい」などは、円居挽まどいばん先生の『ルヴォワール』シリーズの「双そう龍りゆう会え 」を意識しています。

――特殊なルールを設定しゲームを展開する物語は以前からありますけど、青崎さんが特に好きだった作品はありますか。

青崎 ギャンブル漫画からの影響が大きくて、有名どころでは『賭博黙示録カイジ』、『噓喰い』。『地雷グリコ』は、その二つのエッセンスを青春小説でやりたいというコンセプトで作った部分が大きい。小説ではパーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』。カジノで元いかさま師が不正を見破っていく連作短編です。あと、宮内悠介みやうちゆうすけさんの『黄色い夜』がギャンブラーの物語でありつつエモーショナルな仕上がりなのが印象深くて、影響を受けていると思います。

和田 打ちあわせの初期に『黄色い夜』の話はお聞きしました。自分も好きな作品ですし、それで『地雷グリコ』の帯に宮内さんから推薦コメントをいただいたんです。

青崎 あ、そんな背景があったんですね。適当に声をかけたのかな……と。

和田 違いますよ。考えてますよ。

青崎 すいません。ありがとうございます。もう一人のコメントが今村昌弘いまむらまさひろさんなのも、『地雷グリコ』の特殊設定ミステリー的な楽しみ方を紹介する意味でありがたかったです。

――本のデザインはどう決めたんですか。

和田 イラストにするか、そうではないデザインにするかをご相談した時、過去の青崎さんの作品はイラストを使った装幀が多いですが、今回は少し路線が違う作品なので「絵じゃなくてもいいかもね」とお話がありました。私は、絵を使わない場合は絶対、川名潤かわなじゅんさんにお願いしようと決めていたんです。先ほど話に出た青崎さんがお好きだという『テスカトリポカ』も川名さんですし。私は『地雷グリコ』をミステリーだと思っていますけど、殺人事件が起きるわけではないので、「今までの青崎作品とは少し違う」ことを伝えるためにも人物イラストを使わない装幀がいいと考えて、このようになりました。

――登場するゲームの名前がカバーにアルファベットで書いてありますが、「自由律ジャンケン」が「FREE FORM ROCKPAPER-SCISSORS」とされていて、そう訳すのかと思う一方、「だるまさんがかぞえた」はそのままをローマ字にしていたり、いろいろ面白い。

和田 川名さんもとても楽しんでお仕事してくださったようです。最終話を読んだ川名さんから「青崎さんの頭のなかはどうなっているんですか。聞いてみたい」とお電話をいただいたりも。英訳は青崎さんのご指定ではなく、川名さんによるもので「適当に考えちゃったけど大丈夫?」って聞かれました。

――「坊主衰弱」が「THE BOUZU BREAKING DOWN」。

青崎 これ、カッコいいなぁ。川名さんはすごいです。最近では、佐藤究さんの『幽玄F』のカバーが大好き。

――本のプロモーションで考えた点は。

和田 帯にミステリーと書くかどうかを青崎さんとご相談したんですが、書かないと決めたんです。でも、これまで青崎さんのミステリーを読んできた人が好きな要素を凝縮したような内容だとわかっていたので、ミステリー好きに読んでもらいたいし、ミステリーを読んだことのない人でも読めるよと、ライトな雰囲気も意識しました。『11文字の檻 青崎有吾短編集成』の次に出る、青崎さんの新境地といえる作品と捉えて、例えば小川哲おがわさとしさんの『君のクイズ』みたいな方向で売りだせないかと考えました。

青崎 僕がミステリーを読んでいて一番面白く思う部分はロジックで、『地雷グリコ』はずっとそれをやっている話なので、自分の要素が凝縮されたイメージです。和田さんとは、ゲームものなので、ボードゲーム好きやゲームデザイナーの方にも読んでもらえたら嬉しいと話していました。収録作の初出ではもう一人、上野秀晃うえのひであきさんという編集者が関わっていて、ゲームに強い方だったんです。

和田 うちは以前、連載と書籍で分かれていたんです。ダブル担当みたいな感じだったんですが、組織が変わって、今は上野が私のいる文芸単行本編集1課の編集長です。

青崎 上野さんはボードゲーム好きで、以前はゲームブックのレーベルも担当され、ゲーム関連に強いのですが、「坊主衰弱」の頃から「これは面白いです」といってくださっていたので僕の書く自信につながりました。

――ゲームのあれこれを考えなければならないぶん、これまで書いたミステリー以上に大変だったのではないですか。

青崎 自分のなかではそれほど違わないですけど、大変なのはゲームとお話を融合させること。ミステリーなら事件が起きて探偵が解決するだけで一本のお話になりますけど、このシリーズはゲームをして終わりというわけにはいかない。ゲームをする動機や、勝負の結果で物語がどう変わるかが必要になるので、そこを考えるのが大変。これはミステリーよりギャンブル漫画がベースになっていますけど、どの作品も単純化すると流れは共通している。ミステリーでは探偵が捜査し、なにかがわかって推理して終わるのに対し、ギャンブル漫画ではルールの説明があって、敵側が有利になり、最後は相手を逆転する。そんなテンプレートをなぞりつつ作っていきました。

――シリーズはさらに続くんでしょうか。

青崎 リクエストはいただいていますが。

和田 ちょっと考えたことがあるので、この取材の後に打ちあわせをします。皆さんが想像しているような続編ではないのではないか、というのが私の予想ですが。

青崎 こ、怖い……。相談しましょう。

(おわり)

《ジャーロ No.94 2024 MAY 掲載》


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