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『殺したい子』イ・コンニム&『ブラックバースデー』麻加 朋|Book Guide〈書評・三浦天紗子〉

文=三浦天紗子

『殺したい子』イ・コンニム 著/矢島暁子 訳

〝真実〟という言葉の意味を問い直す

 校舎裏の焼却場跡で、高校一年生のソウンの死体が見つかった。状況証拠から殺人事件と見做され、ひとりの被疑者が浮かび上がる。ソウンと〈中学一年の時から実の姉妹のようにいつも一緒で、かけがえのない親友だった〉はずのジュヨン。凶器と思しきレンガからは彼女の指紋が検出され、事件当日ふたりの間にトラブルがあったことが無料のチャットアプリの履歴からわかっている。本書は、親友の死に打ちのめされ混乱するジュヨンのパートと、ふたりの周辺にいる十八人の証言者のパートによって、事件の全体像やふたりの関係性が徐々に見えてくる構成になっている。

 いじめられて孤立していたソウンに誰より優しくしていたのがジュヨンだと話す人もいれば、ふたりはまるで主人と奴隷のような関係だったと語る人もいる。ソウンはジュヨンにお金をせびっていたという噂もあったが、それはソウンが他の子と親しくすることに腹を立てて、自分が流したウソなのだとジュヨン自身が告白したりする。興味深いのは、記憶が途切れているせいで、ジュヨン自身が揺らいでいくことだ。最初は否認していたが、法廷で、世間で、あまつさえ両親にまで信じてもらえないジュヨンは、次第に、自分がやったのかもしれないと自分を疑うようになる。ジュヨンの最初の弁護士キムの言葉〈みんなが信じれば、それが事実になるんだよ。ファクトは重要じゃないの〉が証明するように、何の悪意もないそれぞれの視点によって作り上げられたこの事件の異様さが、最後に重くのしかかる。人はよく「真実を知りたい」と言うが、果たして本当だろうか。自分が納得できるストーリーの方が、本当のことよりずっと居心地がいい。その恐ろしさに気づかせてくれる物語だ。


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『ブラックバースデー』麻加 朋

予想だにしない驚愕の真実

 一条家と鴻ノ木家。娘を取り違えられた二家族は、血のつながりを超えて共同生活を続ける〈シェア家族〉として、ドキュメンタリー番組にもなった。その最終回の放送が見送られたのは、鴻ノ木の長男・晄が起こしたとされる事件のせいだった。晄は冤罪を訴えながら服役しているが、もうひとつの疑惑が浮上。将棋がうまい一条家の心凪と鎌倉で民宿兼カフェを営む泉家のひとり息子・駒之介は、将棋盤に残された奇っ怪な文字列が事件の真相を知るヒントではないかと踏む。駒之介は、高校卒業直前に失踪した心凪と、消えた将棋盤の行方を探す。

《小説宝石 2023年7月号 掲載》


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