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『教室のゴルディロックスゾーン』こざわたまこ&『あなたの燃える左手で』朝比奈 秋|Book Guide〈評・瀧井朝世〉

文=瀧井朝世


『教室のゴルディロックスゾーン』こざわたまこ

教室内の居場所探し

 中学生の少女たちの教室内での微妙な距離感を、繊細に描きだすこざわたまこの連作集『教室のゴルディロックスゾーン』。これが非常に胸を打つ内容だった。

 中学生の依子は、親しかったさきちゃんとクラス替えで離ればなれとなり、教室の空気に馴染めずにいる。しかも新しいクラスで友達ができたさきちゃんは依子につれなくなった。空想の世界でトトという犬型のAI兵器とお喋りしている依子は、ますます周囲から浮いている。ある時、近所の河原で同じクラスの伊藤さんと出くわし言葉を交わすようになるが、学校での伊藤さんは目立つグループの一員で、依子は近づくことができない。

 じつは新しい環境に馴染んで見えるさきちゃんも、誰とでも分け隔てなく接する伊藤さんも、友人関係に悩みがないわけではない。特に伊藤さんが所属する女子グループ内の微妙な関係の描き方がリアル。二人でいる時はその場にいない仲間のことを悪く言う人って、いたよなあ、などと思い出した。ただ、そういう子を悪役として糾弾するような描き方はしていないのが本作の美点でもある。

 主要人物だけでなく脇役的な存在もみな、自分の居場所を獲得もしくは維持するためにつねに心を揺らしていて、その振動がはっきりと読み手に伝わってくる。

 ゴルディロックスゾーンとは、宇宙空間において生命の生存・進化が可能な領域のこと。それは、ほかの恒星と遠すぎず、近すぎないことが肝要だという。この〝近すぎない〟がポイントで、いつでも行動をともにすることだけが友情の証ではないと、本書は教えてくれている。若い世代はもちろん、人間関係に疲れた大人の心にも優しく温かく沁み込んでくる作品だ。


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『あなたの燃える左手で』朝比奈 秋

理不尽な分断と接合

 ハンガリーに暮らす日本人のアサトは、誤診により左手の切断手術を受け、その後幻肢痛に悩まされる。やがて移植手術により新たに接合されたのは、見知らぬ白人男性の手だ。

 アサトの妻はハンガリーの隣国、ウクライナの出身で、ロシアの侵攻についても触れられる。身体の理不尽な切断と接合による苦しみと、世界の理不尽な分断と併合とが重なっていく。国と国が接する大陸と島国の日本の感覚の違いも言及され、読み手を圧倒する。まったく隙のない緻密な構成も見事。打ちのめされる一冊だ。

《小説宝石 2023年8月号 掲載》


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