【新刊エッセイ】岩井三四二|津軽為信は英雄か悪党か
津軽為信は英雄か悪党か
岩井三四二
戦国大名の津軽為信は津軽藩(青森県西部にあった)の藩祖となった人物だが、その出自や大名にまでのしあがっていった過程には謎が多い。
といっても資料は、ある。津軽藩の公式歴史書ともいうべき「津軽一統志」では、為信は津軽の国人大浦氏の出身で、「叡智の良将」であり、破天荒な戦術を駆使してつぎつぎといくさに勝ち、津軽統一を成し遂げたとする。その身は雄大で頓知があり、領民への仁慈もそなえた英雄として描かれている。
一方、となりの南部藩では、為信は南部一族の出身で津軽で代官をしていたが、毒殺や裏切りで南部家の所領を切り取って独立したとする。南部家にとっては謀叛人かつ冷酷非道な悪人で、その手口は血のにおいに満ちており、読み手を戦慄させる内容になっている。
などなど、江戸・明治期に書かれた書物を読むと、ホワイト為信とブラック為信のふたりがいたのかと思えてくる。それほど内容がちがう主張がふたつ並び立っているのだ。
真実はひとつのはずだが、為信の前半生については関係する当時の古文書がほとんど残っておらず、検証がむずかしい。そのためか近年刊行された青森県史や弘前市史でも、為信の前半生についてはそれぞれの主張を併記した形になっている。つまりホワイト為信とブラック為信のどちらが真の姿なのか、いまでは誰にもわからないのである。
私もけっこうな数の人物を小説に描いてきたが、ここまで資料の示す姿が割れている人物には初めて出会った。歴史小説と銘打つ以上、史実は曲げられないが、史実がふたつある(?)場合、どう書けばいいのだろうか。
困ったものだが、結局は場面ごとにホワイトとブラックのどちらか適切と思える方を選ぶしかない。そうして為信の生涯を描いた結果、かなり○×▲□な人物が姿を現した。
津軽為信とはどんな人物だったのか、興味をもたれた方は今すぐ書店へどうぞ。
《小説宝石 2023年7月号 掲載》
『津軽の髭殿』あらすじ
豊かで美しい本州最北の地津軽で生まれ育った餓鬼大将の弥四郎(後の津軽為信)。あらゆる手練手管を用いて仲間と共にのし上がっていく。一代で北陸奥の地図を塗り替え今も地元で「髭殿」と愛される男の痛快な人生を魅力的に描いた傑作歴史小説。
著者プロフィール
岩井三四二 いわい・みよじ
1958年、岐阜県生まれ。’96年『一所懸命』で第64回小説現代新人賞受賞。「岩井三四二に外れ無し」と言われ『田中家の三十二万石』『切腹屋』など著書多数。
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