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米津篤八【エッセイ】新刊『おばあさんが帰ってきた(キム・ボム著)』に寄せて

8月24日、新刊『おばあさんが帰ってきた』(キム・ボム/著、米津篤八/訳)が発売されました。刊行に合わせて寄稿いただいたエッセイを紹介します。


おばあさんから元気をもらう

米津篤八

 韓国のおばあさんたちは元気だ。エネルギッシュで、おしゃべりで、おしゃれだ。韓国のおばあさんたちは、ピンクや黄色やグリーンなどの原色の服装で、街を颯爽さっそうと歩き回る。

 彼女たちの生活力も半端はんぱない。市場で声を張り上げ、手作りの海苔巻のりまきやチヂミのうまさをアピールする。夫の資産を管理して不動産で財をなす女性も多い。私がソウル留学中に借りていたアパートの大家さんも、やはりおばあさんだった。時々いきなりうちのドアをノックし、手土産てみやげの栄養ドリンクやゆで卵が入った袋を差し出すと、サササッと家に上がって、早口の釜山プサンなまりで家賃値上げの交渉を始めるのだった。

 しかし、おばあさんたちが元気だからといって、相応の社会的地位が与えられているわけではない。拙訳『おばあさんが帰ってきた』には、男たちがつくる歴史と社会の中で片隅に追いやられてきた、だからこそ自力で頑張るしかなかった、そんな韓国のおばあさんの深い事情が描かれている。

 ある夏の日、「僕」の家に突然、奇怪な恰好かっこうをしたおばあさんが訪ねてくる。日本敗戦=朝鮮解放を前に病死したと言われてきた「僕」の祖母が、六十七年ぶりに帰ってきたのだ。ところが奇妙なのは家族たちの反応だ。父さんは生みの母を避けて家に帰ろうともせず、おじいさんに至っては妻の帰還を喜ぶどころか、逆上して聞くに堪えない悪態をつく始末。

 感動の家族再会のシーンを期待していた「僕」は、意外な展開に困惑するばかり。どうやらおばあさんには、後ろ暗い過去があるようだ。

 だが、おばあさんには「秘密兵器」があった。日本とアメリカで稼いだ六十億ウォン(六億円)。それを家族会議で明かした瞬間、男中心だったわが家の権力バランスはガラリと変わり、失恋の傷をひきずる「僕」にも転機が訪れる……。

 激動の歴史を背景に、たくましく生き抜いてきたおばあさんの、爽快そうかいでちょっと悲しい物語だ。

《小説宝石 2022年10月号掲載》


▽『おばあさんが帰ってきた(キム・ボム著)』あらすじ

死んだことになっていたおばあさんが、ある日突然60億ウォンもの資産を持って帰ってきた。その日から、一族はみんな〝大金〟を巡り、右往左往し始める。〝笑い〟のち〝涙〟の家族間戦争が始まる! 韓流ドラマファン必読の驚天動地のジェットコースター小説。

▽プロフィール

米津篤八 よねづ・とくや
早稲田大学政治経済学部卒、朝日新聞社勤務を経て、朝鮮語翻訳家。ソウル大学大学院で修士、一橋大学大学院で博士学位取得。『くだらないものがわたしたちを救ってくれる』ほか訳書多数。


▽『小説宝石』新刊エッセイとは


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