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西尾 潤|死体を完全に溶かすには  【エッセイ】新刊『無年金者ちとせの告白』に寄せて

西尾 潤|死体を完全に溶かすには 

 海外ドラマではフッ酸で死体溶かしてたやん。あの方法どうかな……? そうね、確かに強い酸だけど、人を跡形もなく溶かすというには無理があるな。フッ酸はカルシウムと反応すると鉱物と同じ硬い膜を作って溶解を止めちゃうのよ。

 じゃあ塩酸は……? なになに。十年ほど前にあった作業員が塩酸のチャンバーに落ちた事件では、ほぼ即死かと思われる遺体は塩化物に覆われた状態で「石膏像のミイラ」みたいになっていたとか? 遺体は、溶けてはいなかった。

 では水酸化ナトリウムはどう? いいね。強塩基のそれならいけそう。だけど大きな骨や歯とか、リン酸カルシウムの密度が高いものを溶かすのは難しいんだ。熱を加えて煮込めばけっこういい線行くけどね。やっぱここは硫酸の上をいく超酸がいいと思うけど。でも、溶ける時に猛毒フッ酸を大量に出しちゃうって。しかもガラスも溶かしちゃうから容器問題が。ちょっと待って。それだと排水流す時に下水管だって溶けちゃうじゃないの。ふむ。そうなってくるとホーロー製の巨大容器で硫酸を攪拌かくはんしながら煮込む方法か。いやそれにしても反応時に凄い希硫酸が飛んでくるから広い場所でやらないと。……でもさ、できなくはないんでしょ? そうね。あとは金銭的にいいのが濃硫酸を△△する方法で―。

 死体を溶かす方法は煮込み料理と似ているかもしれません。

 そりゃそうだな。自分より数倍大きい牛だって圧力鍋で美味しくされちゃう。人間だって一緒だよね。(以下自粛)

 物語の舞台はパーキングエリア。七十三歳の女性を主人公に据えたあと、彼女を取り巻くキーワードを挙げていった。

 無年金者、女友達、老後破産、8050、介護殺人、老人犯罪、車上生活者、ネグレクト、液体火葬、遺体処理人、シチューメーカー……。こんな材料を煮込み、生まれたのが本作であります。

 後味はそんなに悪くありません。どうかご賞味ください。

《小説宝石 2022年7月号掲載》


▽『無年金者ちとせの告白』あらすじ

舞台は、老舗のパーキングエリア。生活困窮の果てに車上で暮らす人々が彷徨う。ちとせ73歳、栄75歳。高齢期のパート職員たちも必死に働き倹しく暮らすが、ある男と出逢ったことで思わぬ悪行に巻き込まれていく。注目の作家が放つ老女たちの完全犯罪。

▽著者プロフィール

西尾 潤 にしお・じゅん
大阪府生まれ。2018年、第2回大藪春彦新人賞を受賞し、2019年、『愚か者の身分』でデビュー。次作の『マルチの子』は細谷正充賞を受賞し、大藪春彦賞候補に。


▽『小説宝石』新刊エッセイとは


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