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『サイケデリック・マウンテン』榎本憲男&『コメンテーター』奥田英朗|Book Guide〈書評・西上心太〉

文=西上心太

『サイケデリック・マウンテン』榎本憲男

カルトの元信者による殺人、テロかそれとも――

 国際的な金融マンの鷹栖祐二が、バーで中年男に刺殺された。犯人はすぐに逮捕され犯行も素直に認めたが、動機があやふやな上、マインドコントロールされている疑いが生じた。かつて渋谷のビルから幻覚を生じさせる麻薬を噴霧し、世間を騒がせた「一真行」というカルト宗教団体の元信者だったからだ。

 国家総合安全保障委員会(NCSC)の兵器研究開発セクションの井澗紗理奈と、テロ対策セクションの弓削啓史は警察に協力して調査に取り組み、現在和歌山に本部を置く「一真行」の近くで、脱会した信者たちのケアに当たっている心理学者の山咲岳志の許に赴く。ところが元信者による同じような事件が二件続き、山咲が黒幕ではないかという疑いが濃くなっていく。

 万年巡査長ながら、警視庁捜査一課で幅を利かす型破りな刑事が登場する真行寺弘道シリーズ、エリート警察官僚吉良大介のDASPAシリーズで、警察小説に新風を巻き起こしたのが榎本憲男だ。本書はこの二つのシリーズと直接的な関係はないが、日本の現実を先取りした世界観のもとで展開されていく。

 その世界観とは、武器輸出が解禁され、自衛隊が自衛軍と改められ、「死者のない戦争状態こそが、疲弊した日本経済を活性化させる唯一の方法であることが日増しにリアルになりつつある」社会のことである。

 第一章の最後で井澗紗理奈が見た和歌山の山奥の光景が、殺された鷹栖祐二の半生を描いた第二章と呼応し、本書のタイトルに結びつく。現実に起きたある大事件を取りこみ、愛国を声高に言う者こそが売国の徒ではないかと問いかける。自分の意に反しても、国家権力をサポートしなければならない官僚の葛藤と、危うい現実を浮き彫りにさせた意欲作である。


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『コメンテーター』奥田英朗

伊良部医師、十七年ぶりに復活!

 低迷するワイドショーに、リモートで伊良部が出演。コロナ禍問題に忖度なしの本音発言によって視聴率が急上昇するのが表題作だ。常に物事の本質を鋭く突く伊良部の特質が、乱暴に見える言動を支えていて気持ち良い。

 忘れてはならないのが看護師のマユミちゃん。表題作では伊良部の背後で腰をくねらせながらギターを弾き、SNSもバズらせ、「ピアノ・レッスン」ではパニック障害に悩むピアニストを、自分が率いるロックバンドに加えてライブを敢行。その結果完治させてしまうなど、たっぷりとフィーチャーされているのが嬉しいぞ。

《小説宝石 2023年7月号 掲載》


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