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予測不能な物語を次々と生みだす潮谷験氏のアイデア。その源泉に鋭く迫る。|若林踏「新世代ミステリ作家探訪」通信【第6回】最終回

文=若林 踏 

 二〇二二年一月よりスタートした〈新世代ミステリ作家探訪SeasonⅡ〉も、十月でついにラストを迎えました。最終回にお呼びしたゲストは
潮谷験《しおたにけん》さんです。二〇二一年に『スイッチ 悪意の実験』(講談社)で第六三回メフィスト賞を受賞しデビュー。その後は『時空犯』『エンドロール』『あらゆる薔薇のために』(以上すべて講談社)と、二年足らずの間に合計四作も発表している新進ミステリ作家です。いずれも精緻なフーダニットの要素を盛り込みながら、デスゲーム風の物語もあれば、時間遡行SFの趣向を取り入れた物語、果ては新型コロナウイルス蔓延後の世界を舞台にした物語と、毎回違う様相を呈した作品を書いているのが潮谷験さんの特徴です。しかも、読んでいる最中は一体どの方向に物語が転がっていくのか、予想が付かない。こうした予測不能の物語を生み出す源泉は何かをイベント内では尋ねました。潮谷さんによれば、読者を退屈させない話作りについて一番影響を受けたのは、ジョン・ディクスン・カーであるとのこと。特に『ビロードの悪魔』といった、あらゆる物語の要素を含んだ歴史ミステリの作品群が好きで、そこにエラリー・クイーン流の端正なロジックへの傾倒が合わさったのが自身の作風ではないか、と述べていました。また、物語がとんでもない方向に捻じ曲がる作品としては、麻耶雄嵩の『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』や『夏と冬の奏鳴曲』などからの影響も強いそうです。

 意外だったのは、キャラクターの描き方については「けいおん!」などの日常系コミックを参考にしているというお話。「けいおん!」の名前が出てきた時は一瞬驚きましたが、「何気ない日常生活の中で人物がくっきりと浮かび上がる書き方をしているのに、刺激を受けました」という潮谷さんの意見を伺うと、妙に納得する部分が多かったです。この他にもデビュー前には疑似中国史にガンダムのようなロボットものの要素を掛け合わせた小説を書いているなど、端正な謎解きを描きながら変化に富む物語で楽しませる作家、潮谷験の実像に迫る話が満載でした。

 さて、イベントとともに『ジャーロ』での本連載も最終回となります。このシーズンで一番印象に残ったのは、漫画やアニメ、ライトノベルから意図せずして謎解きミステリの技巧や型を体得し、ジャンル作家として活躍するようになった作家の存在です。例えば第一回に出演した浅倉秋成さんは、深夜アニメを網羅的に見ることによって、あらゆるジャンルの要素に触れ、ミステリでいうところの伏線の技術なども知らず知らずのうちに学んでいました。また第五回に登場した今村昌弘さんは、一見、本格謎解きミステリとは縁が遠そうな虚淵玄作品について「敷かれたルールに誰もが振り回されながら生きる、という点が本格謎解きミステリの精神に近い」と述べ、自作への影響を語っていました。〈SeasonⅠ〉では、いわゆる大学ミステリ研究会出身の作家が多く登場していたこともあり、ミステリの歴史や系譜を共有した上での会話が多かった印象がありました。〈SeasonⅡ〉ではそうした共通言語が無い中で、各人の読書体験やミステリ観を探るトークは様々な発見に満ちており、まさに〝探訪〟の名に相応しいものになったと思います。

〈新世代ミステリ作家探訪〉はSeasonⅡを以て一旦お休みに入りますが、今もなおミステリの未来を支える才能は続々と現れています。今後も新進ミステリ作家を追う旅は続けていくつもりですので、引き続き応援よろしくお願いいたします。

 ではまた、次なる探訪でお会いしましょう。

《ジャーロ No.86 2023 JANUARY 掲載》


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