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紺野天龍氏の方向性を決定づけた、ある作品。グロテスクな世界観を構築する、白井智之氏の美しきロジック。|若林踏 「新世代ミステリ作家探訪」通信【第4回】

文=若林 踏 

 トークイベント〈新世代ミステリ作家探訪〉は、〝企画立案時より十年以内にデビューした新進ミステリ作家〟という条件のもと、お招きするゲストを決めています。そのため、デビュー当時の状況や創作の動機などを伺っていくと、二〇一〇年代における社会全体の空気が思わぬ形で浮かび上がることが時々あるのです。紺野こんの天龍てんりゅうさんをゲストに迎えた第六回(二〇二二年六月十二日、オンラインで開催)がまさしくそうでした。

 紺野さんは『ゼロの戦術師』(電撃文庫、二〇一八年刊)でデビューした後、早川書房から刊行された〈錬金術師〉シリーズで謎解き小説ファンの注目を一挙に集めた作家です。イベントでは最新作『神薙かんなぎ虚無うろむ最後の事件』(講談社)の話題を中心に、主に紺野さんのデビュー前夜について話が盛り上がりました。そもそも『神薙虚無最後の事件』は紺野さんがデビュー前に書いた新人賞投稿作をリライトしたものですが、作品の肝というべき多重解決や作中作の要素は執筆時点からあったものだそうです。そして『神薙~』を書いた切っ掛けになったのが、二〇一一年に刊行された城平しろだいらきょうの『虚構推理』。高校時代に〈小説 スパイラル~推理の絆~〉シリーズを読んで以来の城平ファンだったという紺野さんですが、東日本大震災直後の暗い世相の中で、あらゆる娯楽要素を詰め込んだ『虚構推理』を読んだことで前向きな気持ちになったと言います。城平京作品からの影響のお話が面白かったのはもちろん、自分が強く関心を持ったのは東日本大震災後の雰囲気について紺野さんが言及したことでした。思えば〈SeasonⅠ〉から含め、〈新世代ミステリ作家探訪〉では東日本大震災以前/以後とミステリの関わりについては深く踏み込むことはありませんでした。ただ、興味深いのは〈SeasonⅠ〉に出演した青崎あおさき有吾ゆうごさんが、震災時に「自分が置き去りにされて、物事が勝手に進んでしまうことに対する淋しさと焦りみたいな感覚」があったことを語っていることです。東日本大震災後の空気とミステリとの相関については、改めて取り組まねばならない課題ではないかと思いました。

 二〇二二年七月十七日に開催した第七回のゲストは白井しらい智之ともゆきさん。白井さんと言えばデビュー作『人間の顔は食べづらい』(角川文庫)をはじめ、グロテスクな世界観のなかで緻密な論理パズルを展開する作風です。読書遍歴を伺うと横溝よこみぞ正史せいしのほか、三津田みつだ信三しんぞう飴村行あめむらこうといったミステリとホラーを跨いで活躍する作家の名前が出てきました。また、白井さんは大学時代にいわゆる〝切株映画〟と呼ばれるようなスプラッターホラー系の映画にまった時期があるとのこと。白井さんの作品には〝食用クローン〟や〝結合人間〟といった異形が登場しますが、その原点は〝切株映画〟にあったのかもしれません。しかし、白井さん自身は別にグロテスクなものを描こうと思って書いているのではなく、まず作品の中で使いたい謎解きの技巧や型があり、それをより一層ひねったものにする為に後から奇抜な設定を思いついているとのことでした。いわば逆三角形のような物語の構築をしている点が「世界観はグロテスクでも、ロジックは美しく端正」という白井作品の特徴を生み出しているのでしょう。また、白井さんはキャラクターに対する思い入れがあまり強くない方らしく、作品を書いていて「話が盛り上がらないな」と感じたら、「すぐに殺してしまう」癖があると発言されていたのが印象的でした。

 さて、次回のゲストは九月に坂上さかがみいずみさん、十月に井上いのうえ真偽まぎさんを予定しています。どうぞお楽しみに。

《ジャーロ No.84 2022 SEPTEMBER 掲載》


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