【新刊エッセイ】蓮見恭子｜やり残した宿題
やり残した宿題
蓮見恭子
シンクロナイズドスイミング（現・アーティスティックスイミング）との出会いは、半世紀近く前まで遡る。当時、夏休みの間だけ開催されるハマスイ（浜寺水連学校）に、私は小学三年生から通っていた。ハマスイでは、四泳法をマスターした後、日本泳法かシンクロを選択する事になっていて、練習が終わった後の全体集会で「シンクロの世界大会で銅メダルを獲った」という選手が紹介された事もあった。私はバタ足からクロール、背泳ぎ、平泳ぎまで習ったところでやめてしまったが、最近になってハマスイ出身の元選手と御縁が結べた。シンクロ日本代表として活躍した後、家業の「隆祥館書店」を継がれた二村知子さんである。新たに書く小説の取材をさせて頂くつもりが、気が付いたら二村さんが指導するクラスに入会し、週に一度のレッスンを受けていた。そろそろ一年になる。
深いプールに身体を浮かべて競技するシンクロと違って、私が習っているマスターズシンクロは普通のプールを使用する。プールの底に足や手を付けるから簡単そうに思えるが、そんなに甘くはない。腕の掻きだけで身体を移動させるスカーリングでは、必死で手を動かしているのに全く身体が前に進まず、うっかりすると溺れている。また、逆立ちした状態で縦に一回転したり、時には百八十度のターン。水面に上向きに浮かんでバレエのように片足を上げるといったシンクロっぽいフィギュアも習っているが、一生できる気がしない。クラスには競技歴十年、二十年という方もいて、練習を手伝ってもらうなど非常にお世話になっている。にもかかわらず上手くできず、申し訳なかったり、情けなかったり―。
それでも皆と一緒に試合に出た時は、大勢の人の前で演技ができて楽しかった。と同時に、心の何処かでずっとハマスイの存在が気にかかっていた自分に気付いた。
五十年前にやり残した宿題に再挑戦した気分だ。
《小説宝石 2023年7月号 掲載》
『人魚と過ごした夏』あらすじ
アーティスティックスイミングでオリンピックを目指す高校二年の陣内茜だが、練習中に大怪我を負う。挫折の日々のなか、茜は孤高のオタク同級生・西島由愛と仲良くなるが……。大阪を舞台に女子高生たちの手さぐりの青春を瑞々しく描く感動作。
著者プロフィール
蓮見恭子 はすみ・きょうこ
大阪府生まれ。2010年『女騎手』（第30回横溝正史ミステリ大賞優秀賞）でデビュー。’20年『たこ焼きの岸本』で第8回大阪ほんま本大賞を受賞。近著に『メディコ・ペンナ 万年筆よろず相談』。
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