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ポケットにペンとメモ帳をいれて

とある執筆仕事をいただいたので、そのための町あるきをした。よく晴れた平日の昼間、わたしはポケットにペンとメモ帳を入れて街角に出た。気になる景色を写真におさめて、心に浮かんだ言葉をメモに書きつける。

町ですれ違う人たちは、みんな目的地があるように見えた。スーツを着た人、買い物袋を提げた人、制服姿の男の子、犬の散歩をする人。一定方向に向かって、角をまがるまでずっと一直線に進んでいく。一方のわたしは常にきょろきょろとして、一度通った道を行きつ戻りつしたり、急に立ち止まったり、時々道の端っこに寄って、怪しげにメモ帳に何かを書き込んでいる……。

今日のわたしには目的地がなかった。ただ、ふと意識が向いた方へ歩いた。交差点では、その瞬間にたまたま青信号が光った方の横断歩道を渡った。何だか甘い香りがしてくる方へ向かった(クッキー屋さんだった)。エレファントカシマシの歌が聞こえてくる方へ向かった(お花屋さんのBGMだった)。

商店街の中、あるお店のシャッターにかわいいパンダが描いてあったから写真を撮っておく。消火用ホースの格納箱にも、何かかわいい女の子を見つけたからこれも撮っておいた。

立ち寄った本屋さんのレジで、「国語辞典のあそびかた、という本はありますか」と男性が尋ねていたことが、頭の隅に残ったのでこれも、ちょこっとメモしておく。

これらはすべて、今回執筆する内容には関係ない。なにかに役立てようという気持ちもない。町や人から飛び出てくるものたちを、そっと集めておきたいなという、わたしの癖みたいなものなのだ。
だけど、エッセイやストーリーを書く時のわたしの根っことは繋がっている。わたしが書きたいものは全て、こういった自分以外のあらゆるものがもたらしてくれる。

ふらふらと当てもなく歩き回り、辺り一面を観察して、そこで捉えたささやかなものを言葉にする。そんなわたしの怪しげな癖みたいなものの延長線上で、執筆のお仕事をいただき、お金をいただく機会に恵まれるなんて、思ってもみなかった。
まだまだ精進あるのみですが、生まれてきてから今までずっと、自身の頭や心の中にだけあったものが、この何年かで少しずつカタチになってきているのかも知れない。

目的地に向かって懸命にまっすぐ歩いて行く人たちが、ひととき羽を休ませ、ほっとできる言葉が書けるように、わたしは町をうろついて、道を行ったり来たりしておきたいと思うのだ。

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