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夏の家

近所にあるパン屋さんの袋をぶら下げて、友人の家へ向かった。友人は最近新居に引っ越したので、わたしは初めて通りがかる交差点の名前を地図と見比べながら、迷わないように迷わないように歩いた。

アパートが遠くから見えてきたとき、「あれだー」と思った。そのレトロな雰囲気のある外観が友人にぴったりだった。
だれかのウチを訪ねるというのはとてもどきどきする。これは小学生のころ、呼び鈴を鳴らして「◯◯ちゃんいますか」と言う、それだけのことにとんでもなく緊張していた名残だと思うけど、それを抜きにしても、「友人の家」ってなんだかとっても特別。その人が生活する場は、その人のからだに一番馴染んでいる場だから、そこにお邪魔すると借りてきた猫のようにかしこまってしまう。でも、それでいてとてもうれしい。チャイムを鳴らしたら中から「ハーイ」って声が聞こえた。ドアが開いた玄関でお互いに「久しぶり~」って手を振り合った。うれしい。
そのアパートは、階段がらせん状になっている。かわいくて、楽しかった。

友人は、アイスティーをつくってくれて、「梨かお花かどっちがいーい?」ってグラスを選ばせてくれて(梨にしました)、青いカンカンに入っている綺麗なクッキーを分けてくれて、のんびりした気分になる音楽を流してくれて、お土産に買っていったパンダの顔が描いてあるクリームパンをとても喜んでくれて、窓からいつもどんな景色が見えるのか教えてくれた。大きな窓がふたつ。新しいカーテン。友人がキャンバスに描いた絵が壁際に寄せてある。たっぷりの風が、部屋を通り抜けていく。夏のにおいがする。

「ここから見える雨がいいんだよ」という会話をして程なく、スコールのような雨が降り始めた。わたしたちは「わーい!」と大喜びする。ベランダに面した一番大きな窓の所に行って、雨がとおりすぎていくまでふたりで町を眺めた。まだ真っさらなこのすてきな部屋で、友人にとってのいい時間がたくさんあるようにと思う。まだ、夏は続いていくから。

借りてきた猫のようになる、なんて言っておきながら、ふたりでこんな穏やかなひとときを過ごした後には、うっかりと帰りたくなくなっている。次にやってくる秋と冬と春、その時には窓から何が見えるのか、わたしも楽しみにしています、また教えてね。

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お邪魔したおうちの主は、
イラストレーター・漫画家のおおえさきちゃんでした。
その日のイラストを描いてくれたので、こちらにも掲載します。
(ふたつめのイラストが、わたしたち。)


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夏の思い出

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