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「ご自愛する」という戦い方

私はハードワークが好きな若者だった。

大卒で「忙しい」「激務」と言われる業界に入って4年、「生活」らしい生活をないがしろにして最近まで過ごしてきた。


深夜まで働いてタクシーで帰るとき、車窓から見える誰もいない街は嫌いじゃなかったし、仕事仲間と夜更けに飲むビールは美味しかった。

社会に自分のやるべきことがあり、ちゃんと必要とされていて、そこに身を投じる毎日は刺激的だ。文句も愚痴ももちろんあるけれど、それすら上がり下がりの激しい毎日を演出する要素の一部のように感じていた。

生活や自分の心身を多少ないがしろにしていたとしても、仕事を通して得られる劇物のような快感や充実感には取って変えられないし、なんならちょっとぐらい忙殺されているほうが社会人として格好がつくとさえ思っていた。


しかしその日は唐突にやってきた。去年の夏のことだ。

朝起きると、背中が痛い。

ちょうど肺のうしろ側の背中が痛いので呼吸もできない。

さらに、なんか手足がかゆい。見ると両手両足の甲に謎の発疹ができている。きもい。


突然の背中の痛みと発疹なんて何科にかかれば良いのか見当もつかなかったが、冷静になってみて浮かんだのは「過労」の二文字だった。


「渋谷 心療内科」で検索して上位に出てきた病院へなんとかたどり着き、診察を受けた。

診察内容は早い話が「働きすぎ」で、自律神経やら諸々が乱れて体が先に悲鳴を上げていたということだった。あなたはしばらく会社を休まなければならないですね、と医者は言った。

「自分は戦線離脱しなければいけないのか...」という敗北感8割と、「やっと休める...」という安心感2割が湧いてきて、「はあ」とか「へえ」とかアホのような返事したのを覚えている。

待合室で会計を待っている間、ほかの患者たちを見ると「普通そう」な人たちばかりで、明らかに「病んでそう」な人は見当たらなかった。「みんな普通に疲れたんだな」と思った。普通の顔して普通に頑張って、みんな普通に疲れているのだ。


そんな経緯で私は2ヶ月間会社を休んだ。

休みの間はご飯を作ったり、HUNTER×HUNTERを一気見したり、ふらっと旅に出たり、区民プールへ行ってみたりして過ごした。

『凪のお暇』という漫画があるが、まさにあの期間は人生のお暇だったと思う。

はじめの2日間くらいはほとんど寝たきりで、社会から置いていかれるような気持ちに陥り、好きなアニメも漫画も一切内容が入ってこなかった。それは普段の自分からすると信じがたいことで、そのこと自体にもショックを受けた。


ありがたいことに、ご飯に誘ってくれる友達や優しい言葉をかけてくれる人たちのおかげで少しずつ調子を取り戻し、2週間ほどでかなり(なんなら休む前より)元気になり、海外や国内の好きなところへ好きなだけ旅に出る暮らしができるようになった(おかげで貯金は一時激減したが後悔はない)。


そして、周りの人たちの助けと同じくらい、自分を取り戻すうえで不可欠だったのが、「自分を大切にする生活」だった。


「食事と睡眠、適度な運動」

健康診断で必ず言われる規則正しい生活の3つの要素を、かつての私は「定時で帰れる職種の人が守るもので、ハードワーカーな俺には関係のないことだぜ」と思って気にも留めていなかった。ダサい。ダサすぎる。その結果として働けなくなっているお前が一番ダサいのだ。

よく食べ、よく寝て、適度に出歩くお暇生活をはじめた私は「自分を大切にすること」の大切さを心で理解した。

深夜のストレス解消のためにネットで買っていた服を、お店でゆっくり試着して買うこと。

仕事を言い訳にして行かなかった美術館の展示へ行くこと。

デスクじゃないところでゆっくりお昼ごはんを食べること。

そんなささいなことを積み重ねるうちに、私はみるみる元気になっていった。

こんなに心身ともに快適な状態になるのは久しぶりで、なんでかつての私はわざわざ不快な状態になる方へ邁進していたのか、ばかばかしく思えるくらいには絶好調だった。


お暇生活が終わってからは結局同じ業界に戻ったのだが、あの2ヶ月間で心の底から理解した「自分を大切にすること=ご自愛すること」の大切さは自分の中でいまも根付いており、生活の指針になった。


あれから1年が過ぎ、通院もせず仕事にも支障なく暮らすなかで気づいたことがある。

「ご自愛する」ことは「戦い」であるということだ。

まず、きちんとご自愛する暮らしは気を抜くとすぐに出来なくなる。ハードワークや深夜残業によって得られる自己肯定感は麻薬だ。「頑張ってる感」がお手軽に得られてしまう。

お手軽な「頑張ってる感」に惑わされず、効率的に健康を保ちながら働くのは、闇雲なハードワークより俄然難しい。でもどうせ戦うならこっちの技能を身につけたほうが良いに決まっている。社会人人生は思っているより長いのだ。

そして、仕事を効率よく切り上げ、家を清潔に保ち、栄養ある食事をとり、最低限の睡眠をとる暮らしを守るには強い心が必要だ。怠惰に負けない心、行かなくて良い飲み会を断る心、メイクだけは落として寝る心。

「ご自愛する暮らし」はゆるふわスローライフではなく、強い精神力とマネジメント力を要する戦いである。

ビジネスマンの戦いは『キングダム』みたいなサクセスストーリーや『半沢直樹』みたいな根回しバトルだけに限らないのだ。


しかし、ご自愛の大切さを身をもって経験した私でさえ、しばしば調子を崩しそうになる。

絶対に破れない締め切りや、寝る間を惜しんでもこだわってやりたい仕事はどうしてもある。一生懸命働いているのだから。

だけど、それは自分をないがしろにしていい言い訳にはならない。それを言っちゃダサい。

一流のアスリートがそうするように、普段から心身のメンテナンスをして、試合の後はちゃんと休むのはビジネスマンにとっても当然のタスクなのである。

「ご自愛する」戦い方がもっと上手くなったら、働くことはもっと楽しくなるのではないか。そんな気持ちで、ご自愛したらTwitterで #今日のご自愛 をつけて投稿していくことにした。

ご自愛の定義は、心身が健やかになる行為全般としているので、規則正しい生活のほかにも気持ちがハッピーになるお買い物や、その他自尊心が守られる行動も含まれる。

飽き性なのでいつまで続くかどうかはわからないが、たまに見てくれたら嬉しいし、一緒にご自愛活動してくれたらさらに嬉しい。


そんなわけで、みなさんくれぐれもご自愛くださいませ。













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雑記

コメント7件

めっっっちゃくちゃ共感しました!!!
私も、ある朝具合が悪く医者に行ったら、休めと言われました。
そうなって思い返すと、身体からのサインが何度もあったなと。
でも仕事中毒になってたのか全く気にしてなかったんですよね…。
自分あっての仕事だなと思ってからはマイペースに暮らしています。
ご自愛活動が多くの人に届きますように。
私は72歳の老人です。この20年近く年に1ヶ月ストックホルムに行く用事があって、最初に行った時、私が無知なだけだったのですが、遅れている国か進んでいる国か分からない…感がありました。それはエコ意識の高さが私にそう見えていたのでした。
この国ではスーパーカーがカッコいいではなく、エコカーがカッコいいと言う例え、お分かりいただけるか……そういう進んだ国でした。
この記事を読んで思い出しました。
ご自愛ください。
カッコいいー!
おっしゃる通りだと感じました。
個人差はありながらも、大切なことですね。

その上で、貢献できることを一つ一つ実現していけること、それが仕事なのかなーと個人的に思いました。
気づきをありがとうございます!
今の自分にとても刺さりました。

ご自愛すること。

意識してみたいと思います。
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