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君の世界に溺れたい―小さな甥っ子へ
遠く日本に住む、小さな甥っ子へ。
叔母ちゃんがこれから君のことを書くから、いつか大きくなったら読んでおくれ。
◇
アメリカと日本で、離れて暮らしているわたしたち。会えるのは年に1回あるかどうか。コロナ禍で日本へ帰れなかった期間があったので、甥っ子に最初に会ったのは昨年の夏だった。
当時2歳だった甥っ子。「うん」じゃなくて「ん」の一文字で勢いよくうなづくか、黙って首を横に振るかでイエスかノーかを表し、顔をしかめて怒るか、目を細くしてくしゃっと笑うか、うえーんと体中のエネルギーを発散させながら泣くかのどれかで感情を表現していた。
言葉は、生活に身近な単語をぽつぽつと発していて、まだ文章にはなっていなかった。
ママ、パパ、じいじ、ばあば。そこに、我が家の子どもたちが、「にいに」と「ねえね」として加わった。
にいにとねえねとはすぐに打ち解けたのに、なぜかわたしには一切気を許してくれない。話しかけても黙りこくって、あさっての方向の一点を見つめ、わたしという存在をないものにするかのように固まっていたっけ。
昔から子どもに人気のないわたしだけど、このときばかりはちょっと寂しかった。
それからあっという間に時間が流れ、今年の夏。先日まで日本に一時帰国し、甥っ子とも再会した。それまでに何度かフェイスタイムをして、甥っ子のおしゃべりが格段に上達していることは知っていた。けれど、実際に会ってみたら、なんじゃこりゃというレベルで驚いた。言葉が後から後から湧いて出てくるのである。枯渇を知らない泉。
たった1年でこんなにしゃべれるようになっちゃうの?日本で育つ日本人の子どもの日本語能力、ケタ外れだな!
自由に言葉を操れるようになった甥っ子は、恐れるものなしという様子で、誰にも分け隔てなく言葉を投げかけるようになっていた。昨年、わたしとの間にあんなに高い垣根を作っていたことが嘘のように、わたしとも打ち解けていろんなお話をしてくれた。
これは、甥っ子との奇想天外な会話から拾ってきた、愛おしい言葉の記録である。
宇宙からきたの?
わたしたちが、アメリカから飛行機で飛んできたことを説明していたとき。
わたしは、両手の指を合わせて球状にしてみせながら、「これが地球ね。いま君がいる星だよ」と始めた。
「ここが日本。君が住んでいる国。で、こっちがアメリカ。にいにとねえねが住んでる国」
こっち側とあっち側を交互に指さしながら、日本とアメリカが反対側にあることを示す。
「にいにとねえねは、こうやって飛行機で飛んできたんだよ」
飛行機の軌道を指でたどって見せた。わたしの指の動きに目を凝らして、ふむふむと聞いていた甥っ子が、口を開いてこう言った。
「宇宙からきたの?」
違います。アメリカから来ました。
地球から空に向かって飛びあがるということが、宇宙に行くことと同義だと思っているのかな?そう思って、
「宇宙はどこにあると思う?」
と聞いてみたら、
「アメリカ?」
という答えが返ってきた。
宇宙はアメリカにある。
なるほど、面白い説だね。大人にはできない発想だな。
なにが正しいのか、なにが言いたかったのか、なにを話していたのか、すべてが渦巻き状に吞み込まれていく。
ただ、君の世界に溺れたい。
「いび」と「えび」
3歳児の渾身のボケをみた。
「いび。……あ、えびだった。まちがえちゃったぁ」
満開のドヤ顔で、とろけるように笑う。
この世に生をうけてまだ3年という経験値で、持てるボキャブラリーを総動員して笑いを取りにいくその気概を、ほかの誰がなんと言おうと、叔母ちゃんは全力で買うよ。
3歳でそれができるなら、4歳ではなにができるんだろうね。もう楽しみでしかない。
でも、一つだけ言わせて。そのボケは1回が限度だな。君は5回くらい連発していたけれど。
いや、でもかわいいから許す。いや、むしろもっと聞きたい。
これ、かわいいね
わたしが着ていたパジャマの裾を握って、さりげなく投げかけてきた言葉。
「これ、かわいいね」
え、これ?ユニクロのめちゃくちゃシンプルな紺のストライプのステテコ。水色のざっくりしたシャツ。色も形も、特にかわいくはない…と思うんですけど。
わたしを一瞬の混乱に陥れて、ふらっと立ち去っていく3歳児。
……わかった。わたしの気を引きたかったんだな?かわいいなんて別に思っていないけど、そう言ったらわたしが喜ぶと思ったんじゃ?
恐るべし、甥っ子よ。その歳にして、女心のしくみを感覚として掴んでいるとはね。
どこでどう学んだのか、とっても気になる。
みんな大好き
甥っ子は、ときどき会話の途中で、誰かに向かって「〇〇、大好き。」という。なんの脈絡もなく、突然に。
好きだと伝えたくなる感情が本当にあって言っているんだろうけれど、わたしが思うに、きっとそれだけじゃなくて、人を喜ばせたくて言っているんじゃないかな。大好きって言えば、喜んでもらえることを知っている。甥っ子は、周りの人の心の動きを、敏感に感じ取っている。
「じいじ、大好き。ばあば、大好き」
その場にいる一人ひとりを呼びながら、「大好き」砲を連射する。撃たれたものは一人残らずハートを射抜かれて、ふわふわとして気持ち良い、虹色の空間に解き放たれる。
連射していくうちに、自分でも気持ちが高ぶってきたのだろう。甥っ子は、一人ずつに呼びかけるのをやめ、一段声を強めて、
「みんな、だーいすき!!」
と叫んだ。ひと際大きなこの砲弾が全員に命中して、辺り一面どっかーんとなる。甥っ子は、みんなに幸せを分け与えた満足感にひたひたに浸っている。
小さいくせに、なんて威力なんだ。
別のあるとき、「叔母ちゃんのこと、好き?」と聞いてみた。好きって言ってほしくて。すると、ちょっと小さめの声で返ってきたのが、
「しゅき」
という一言だった。ちゃんと「すき」って発音できるくせに、わざと「しゅき」とかわいく言ったの?だとしたら、あざとすぎて恐いんだけど。
でも、わたしのハートは完全に射抜かれたけどね。
来年も「しゅき」って言ってね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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