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リズと青い鳥から考えるジェンダー観

 あまり映画を見る方ではないけれど、日本のアニメ映画はたまに観る。中でも五本の指に入るお気に入りの作品が『リズと青い鳥』。激しい展開はないけれど、静かに、しっかりと感情を揺さぶられる作品だと思う。

 ある日大学の授業で「好きな作品を一つ取り上げて、そこに描かれるジェンダーについて分析し、発表し、レポートにする」という課題が出された。その時に提出した期末レポートは私としては結構気合いを入れて書いた(無事評価もA +をもらうことができた)ので、記録の意味を込めてここに残そうと思う。本当ははてなブログとかの方が向いているだろうけど、このためだけに開設する気にならなかったので。

 もしこの記事を読んでいる奇特な方がいた場合、これは「どうしてリズと青い鳥は百合と呼ばれるのか?」という分析を通じて「百合とは何か」を考えたレポート兼ブログであること、ネタバレをしっかり含んでいること、レポートには写真を添付したけれどブログで公開すると著作権に違反してしまうためそれができないことをご承知の上読んでください。念の為。 

1.『リズと青い鳥』について


 本稿では映画『リズと青い鳥』を題材に取り上げ、その中に描かれるジェンダーについて考察する。本作は少女たちを描いた作品であり、その中にキャラクターたちの性的指向が描かれないにも関わらず、非常に百合的であると評判が高い。作品分析を通じ、なぜ百合作品と称されるのか考察する。
 『リズと青い鳥』は2018年4月に公開された、京都アニメーション制作のアニメーション映画だ。武田綾乃による小説を原作としたアニメ『響け!ユーフォニアム』シリーズのスピンオフ作品となっており、『響け!ユーフォニアム』シリーズでの主人公、黄前久美子の一つ上の学年のキャラクター、鎧塚みぞれと、みぞれと同じ学年のキャラクター傘木希美の二人を中心に描いている。時系列は久美子が2年生、みぞれと希美が3年生の時期であり、本編作品では『劇場版 響け!ユーフォ二アム ~誓いのフィナーレ~』と、原作小説では『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』に当たる。
 あらすじは以下の通りだ。前年度吹奏楽コンクール全国大会出場を果たした北宇治高校吹奏楽部は、今年は全国大会金賞を目標に日々練習に励む。コンクールでの自由曲に選ばれたのは、同名の童話を元に作曲された作品「リズと青い鳥」。曲の一番の見所は「第三楽章 愛ゆえの決断」の中に登場する、フルートとの掛け合いで演奏されるオーボエソロ。オーボエのソロパートをみぞれが、掛け合いのフルートソロを希美が担当することになる。
 童話『リズと青い鳥』のあらすじは次の通り。一人ぼっちで暮らす少女は森の動物たちと暮らしており、その中でもひときわ美しくリズの目をひいたのが青い鳥だった。ある日、少女の暮らす森に嵐がやってくる。次の日の朝、扉を開けるとそこには青い髪と目をした少女がおり、彼女は青い鳥だった。「リズが一人ぼっちで寂しそうだった」という理由で彼女の元にやってきた。二人は仲良く暮らし、ずっと一緒にいることを約束したが、ある日リズは青い鳥が空を羽ばたきたいと思っていることに気がつき、青い鳥の幸せを願って手放す。
 みぞれと希美のソロはこの別れの部分を描いた部分だが、自身をリズに、希美を青い鳥に重ね合わせたみぞれはリズの心情を理解できず、自分ならずっと籠に閉じ込めておく、と考え、ソロもいまひとつうまく息が合わない。1年前、希美が自分に何も相談せずに部活を退部したことがトラウマになっていたからだ。そんな中、みぞれはプロの音楽家であり部活の指導をする新山に音大受験を勧められる。希美はみぞれが勧められているのを見て自分も音大を受験しようかな、と発言し、みぞれは希美が行くなら、と音大を志望する。新山はさらにリズの心情を理解できないみぞれに対し、青い鳥側の気持ちになってみたらどうか、とアドバイスをする。そこでみぞれは「リズの幸せを願っているから」青い鳥はリズの元を離れたのだと気づく。実は突出した音楽的才能を持っているみぞれこそが羽ばたける可能性のある青い鳥で、そのみぞれに置いていかれたくない一心だった希美がリズだったのだと気がつく。理解したことでソロの才能が開花したみぞれ、そして実力差を受け止めた希美は互いに自立し、それぞれ違う進路を選ぶ。

2.「百合」について


 本稿では「なぜ『リズと青い鳥』が百合作品として評価されるのか」ということを主題に置いている。そのため、本作の作品分析の前に百合とは何かを今一度定義する。
 百合には明確な定義はなく、研究者によっても見解が分かれるが、ここでは日高利泰の言葉を引用し、定義としたい。

少女同士の交流や淡い思慕のようなものからレズビアン女性同士のアレやコレを描いたものまで広く含みこんで『百合』と呼ぶことの是非については識者の見解も分かれることだろう。 (中略)こと創作物に対してこのことばを用いる場合、基本的に性的な関係は含まれないものとして私は認識していた。

 さらに、日高は百合については登場人物の性的な関係が描かれるか否かが重視されるとしている。性的な関係を含む少女同士の関係を「ガチ百合」、そうでない関係を「ソフト百合」とするが、百合の主流は後者をさすと考えられる。このように百合の中でも細分化する理由を日高は「ジェンダーやセクシュアリティと関係なしに少女同士の純粋な関係性を鑑賞したいという欲求」が受け手側にあるからだとしている。これは、同性愛というセクシュアリティについて深く描く作品は、社会問題に踏み込んでいるものとなり、読者や視聴者はもっと軽い気持ちで鑑賞したいからだ、と考えられる。実際、直接的に女性同士の恋愛を描くのではなく、単なる仲良し同士以上の何かを感じさせる描写を読み込ませる曖昧さを描いた作品が「百合好き」の人たちに広く好まれていると言える。
 百合の起源は明治時代に遡る。明治から大正にかけての女学校では「女性同士が恋愛のようにシスターフッドを深める仲」としての言葉「S(エス)」が流行した。これは「他者との間に築かれた自由で平等な精神的絆を前提とした恋愛関係 = ロマンティック・ラブ」という概念が西洋から輸入されたことが大きく関係していると考えられる。封建制度により男女格差が大きくあった当時の日本ではこのような関係を男女間で築くことは難しかったが、これに憧れた女学生たちが女学生同士でこのような関係性を築いたと考えられる。しかし、この関係性はあくまで血縁や地縁に縛られない女学生の間だけの一時的なものであり、多くの場合は卒業後は男性と結婚した。一部は卒業後も女性同士の恋愛関係を続行する人物もいたと考えられるが、それはSには該当しない。
 戦後「レズビアン」という言葉が輸入されると同時にSという言葉は使われなくなった。後者の女性同士の恋愛関係を強く持ち続けた人はレズビアンに分類された一方、Sは百合に内包されたと考えられる。

3.二人の描かれ方の対比


 みぞれと希美は徹底して対照的に描かれている。いくつかの特徴を分析する。


a.キャラクターデザイン
 みぞれは髪を下ろした大人しそうな印象を与える髪型なのに対し、希美はポニーテールで快活な印象を与える。また、みぞれは基本的に斜め下を見る、うつむくことが多いのに対し希美は正面や斜め上を見ることが多い。このことはデザイン案段階のみぞれと希美の見ている方向の差からもわかる。希美は斜め下方向を見るイラストが3つなのに対し、みぞれは8つ描かれている。

b.歩き方
 aの俯くポーズが多いのにも関連するが、みぞれは背筋を丸めて希美の後ろを歩いていく描写が多いのに対し、希美はみぞれの前を胸を貼って堂々と歩く。またみぞれは内股なのに対し希美は外股であり、脚を見るだけでも二人の差がわかる。 
 作品内では脚を写すカットがとても多く、靴下の色や歩き方から脚を見るだけでキャラクターを識別できるよう工夫されている。


c.上履きの置き方
 冒頭セリフがないシーンで二人の上履きを置く様子が一瞬映される。希美は比較的乱雑に、投げるように置くのに対し(左)、みぞれは丁寧に揃えておく(右)。この様子からも二人の性格の違いがうかがえる。


4.本編シリーズ『響け!ユーフォニアム』との比較


 同じ小説を原作とし、同じアニメ制作会社による作品にも関わらず絵柄や世界観が変更されたのは何故なのか、比較することで『リズと青い鳥』の特徴を抽出できると考えた。本編シリーズは監督を石原立也、脚本を花田十輝、キャラクターデザインを池田晶子が務める。一方『リズと青い鳥』は監督を山田尚子、脚本を吉田玲子、キャラクターデザインを西谷太志が務め、映画『聲の形』と同じメンバーとなっている。

a.登場人物
 『響け!ユーフォニアム』では登場人物も多く、男性キャラも主要な役割を果たし男女間の恋愛が描かれている。一方、『リズと青い鳥』は主要キャラクターを減らし、男性キャラは登場するものの主要な役割は果たさない。また登場人物同士の恋愛模様は描かれない。
 
b.作画
 作画にも大きな違いが見られる。『響け!ユーフォ二アム』(上)はスカート丈が短く、足が多く露出されている。また胸も強調されており、身体的な女性の特徴をしっかりと描いている。一方、『リズと青い鳥』(下)はスカート丈が長く、露出部分が少ない。胸も一切強調せずに描かれている。
本編シリーズのキャラクターデザインは池田晶子が務め、『リズと青い鳥』のキャラクターデザインは西谷太志が務めた。キャラクターデザインの変更にターゲット層を女性に変える目的があったのかどうかは定かではないが、石岡良治氏が『リズと青い鳥』を「いわゆるオタク男性のみにリーチしている」と述べていることからもわかる通り、結果的に本作のメイン観客層は男性である。


5.シーン分析


 作品内に登場するシーンから、みぞれと希美のキャラクター性、そして互いへの感情がどのように変化していったかを、時系列に沿って分析する。

a.映画冒頭とラスト
 作品中のほとんどが徹底して高校を舞台に描かれている。唯一学校外の場所が描かれるのが映画冒頭の希美が校門から中に入ってくるシーンと、ラスト学校から出て帰路につく二人を描くシーンのみだ。つまり、作品は外の世界から入ってきた二人が、高校内での変化を経て、高校の外へと出て行くという形式になっている。これは原作と変更された点の一つだ。原作では、みぞれが才能を開花させるシーンは合宿中という設定なのに対し、映画では高校の音楽室になっている。さらに、希美とみぞれがプールに行く、という会話があるものの実際にプールに行くシーンは描かれず、次の場面では行った時の写真をうつすのみになっている。
 そしてこの二つのシーンはかなり似た構造で描かれているが、だからこそ二人の関係性の変化を見ることができる。


 冒頭(左)では早くついたみぞれが希美を待っているのに対し、終わり(右)では希美がみぞれを待つ。それまで一方的にみぞれが希美を追いかけるという一方向の関係性が、希美もみぞれのことを待つということで変化していることがわかる。


 二人の距離感にも変化が生まれている。冒頭では距離を保ちみぞれが後ろを追いかけているのに対し、ラストでは二人が横並びで歩く、また前後であってもみぞれと希美の距離が近くなっている。これも二人の距離感の変化が生まれたことを象徴的に表している。
 さらに、両シーンで前を歩く希美がみぞれに振り返るという場面がある。映画のラストは希美が唐突にみぞれの方向を振り返り、それに対してみぞれが驚いた顔をする、という場面で締められるためこれは非常に重要なシーンだと考えられる。

 しかし冒頭では階段から希美を見下ろす、というのに対しラストではみぞれと希美が対等に向き合うという変化がある。ここからもみぞれと希美の関係に差があるのに対し、ラストでは対等な関係に変化した、と考えられる。
 つまり高校の外からやってきた二人が、高校内での出来事を通じ、対等な関係を再構築したのちに高校の外(=社会)に出るという構造が取られている。

b.最初の会話
 作品の冒頭部分、4:50~8:23では会話が一切なく、その間に上記の冒頭部分にあるシーンが描かれるが、その直後の会話は次の通りだ。

みぞれ「嬉しい」
希美「あ、みぞれも嬉しい?私も嬉しくってさ (間) この曲めっちゃいいよね。これが自由曲なのすっごい嬉しい」

 ここでのみぞれが嬉しいと言っているのは、一度退部した希美が戻ってきて二人で練習することができることなのに対し、希美は「リズと青い鳥」を吹くことができることを指しているというすれ違いが生じている。希美が「私も嬉しくってさ」と言った直後、みぞれの目がアップになり瞳の動きを写すこと(写真左)で、同じことを希美が嬉しいと言ってくれていることへの喜びが表された直後、希美が嬉しく思う対象は「リズと青い鳥」を吹けることだと知り、一瞬だが落胆した様子が映されている(写真右)。物語冒頭で二人の思いのすれ違いがあることがわかる象徴的なシーンだ。

c.みぞれが希美に頭を傾けるシーン
 この直後、童話『リズと青い鳥』の内容を希美がみぞれに説明するために二人は物理的距離を縮める。最終的に別れるという童話の結末に対し「でも離れ離れになるなんて悲しいよね、物語はハッピーエンドがいいよ」と発言する。その直後、直後、みぞれは希美に対し頭を傾けて髪の毛が接触するのに対し、みぞれは気づかず他所を見て、さらに立ち去ってしまう。作品中でみぞれが目を閉じて微笑むのは数少ない。上記の発言の直前にリズと青い鳥の関係性を「でもちょっと私たちみたいだよね」と言っていたことから、みぞれは、希美が自分たちは離れ離れになりたくない、と考えているのではないかと思い、その嬉しさから微笑んで希美側に頭を傾けていると考えられる。希美がそこまで考えて発言したのかどうかはここからはわからない。


d.本番について
 希美は「本番、楽しみだなぁ。練習、頑張ろうね」とみぞれに話しかけているのに対し、みぞれはその後、ガラスに映った自分にを見ながら「本番なんか一生来なければいい」と発言している。他の部員と同様、コンクールで全国大会金賞を取ることを目標にしている希美に対し、みぞれは希美と一緒に練習できることに全ての価値を置いていることがわかる。そして、そのことを希美に対して言うことができない。

e.後輩との関係性
 希美はメンバーの多いフルートパートに所属し、多くの後輩から慕われる様子が描かれる。一方、みぞれはオーボエの後輩は一人しかいない。その後輩には「ダブルリードの会」に誘ってもらえることからもわかるように、仲良くしたいと思われているにも関わらず、一切の興味関心を向けないため「私はいい」と断る。しかしその直後、希美にパートでファミレスによって帰ることを理由に一緒に帰ることを断られてしまう。みぞれは何よりも希美を優先しているのに対し、希美はパートを優先することで想いの差が描かれる。画像左は後輩に囲まれる希美、画像右は誘いを断られ落胆するオーボエの後輩、剣崎梨々花の様子である。


f.二人を静観するキャラクターとしての中川夏紀
 この二人と同学年の登場人物に部長の吉川優子と副部長の中川夏紀がいる。その中でも夏紀は二人の関係性に口を出さないものの、さりげなくサポートをするキャラとして描かれている。象徴的なシーンの一つが体育でバスケをやる場面だ。みぞれが関係しない事柄には一切の興味関心を示さないみぞれは、体育のバスケの時間に自分の番になっても動かない。それを見た夏紀は特に責めたり、理由を聞いたりすることもなく、みぞれの代わりに試合に参加する。

 これをやや驚いた様子でみぞれは見つめる。物語開始から約30分経っているにもかかわず希美以外の対象に興味を持つシーンはこれが初めてであり、徐々に希美以外に目を向けるようになる最初のシーンと考えられる。

g.後輩との関係が変化する希美

 たわいない会話を後輩とともに繰り広げる希美だが、先ほどの後輩に囲まれている様子と違い、後輩が全員座っているのに対して希美は一人立っている。会話の内容も、冒頭では「のぞ先輩かわいい!」「先輩これどうぞ!」と希美が中心だったのに対し、ここでの会話の中心はふぐちゃんという1年生になっている。フルートパートの中心から、やや外れた位置へと立ち位置が変化していることがわかる。

h.生物室でハコフグを見つめるみぞれ

 作品内では度々みぞれが生物室でハコフグを見つめるシーンが描かれ、これは原作にはない場面だ。生物室は他の部員やクラスメイトがやってくることのない、みぞれにとってのアジールとしての役割を果たしている。水槽から出ることができないハコフグは、鳥かごからでることのできない青い鳥と非常によく似ている。しかし前者は自力で外に出ることができないのに対し、鳥かごは一度開けてしまうと青い鳥が自由に羽ばたける、という差がある。青い鳥が羽ばたく=希美が自分の元からいなくなる、という解釈をするみぞれは、自力でいなくなることのないハコフグを見つめて安心感を得ているのではないだろうか。

i.ソロを巡る希美
 練習場面、フルートのソロを誰が吹くかという会話がされる。

後輩1「フルートのソロはたぶんのぞ先輩だよね」
後輩2「だよ〜うまいもん」

それに対し希美は満足げに微笑み、彼女の譜面にはsolo吹く!と書き込まれている。しかしその直後、みぞれのオーボエの音を聴き驚いたような表情でみぞれを見つめる。これは自分の実力に自信を持った直後に、それを上回る演奏をするみぞれに対しての驚きなのではないかと考えられる。
 みぞれは希美の視線に気づき、見つめ返す。その直後希美は「がんばろうね」と口パクと仕草で伝えるものの、みぞれはやや怪訝な表情で頷くのみである。数少ない希美からみぞれへ働きかけるシーンであるにも関わらず、みぞれが喜んだ表情をしないのは、みぞれが、希美が自分に対して嫉妬に近い微妙な感情を抱き始めことに気づいたからではないかと考えられる。


j.カゴに入れる青い鳥の羽
 物語冒頭で希美からもらった青い羽を、木のカゴのようなものに入れているシーンが一瞬映される。これは青い鳥=希美をカゴから出したくない、というみぞれの気持ちを象徴している。


k.生物室での新山とみぞれ
 プロの演奏家であり、部活の指導をする新山が、生物室にいるみぞれをたずねる。みぞれにとってのアジールである生物室に立ち入ることを許したのは、みぞれが新山に対して警戒心を解いている証拠である。また、新山は生物室にみぞれがいることを「剣崎さんから聞いて」と発言している。これは、後輩の剣崎梨々花がみぞれが生物室によくいることを知るくらい、みぞれに対して興味を持っているものの、まだ立ち入ることが許されないという関係性を示しているとも考えられる。

l.進路について
 生物室で音大の受験を勧められたみぞれは、直後に希美と会い、これについての会話をする。このことを知ったみぞれは「そっかぁ」と一見気に留めてない口ぶりであるものの、うつむき表情が見えなくなっている。これが初めて希美がみぞれとの実力差を実感した場面だ。
 この様子をみぞれは疑問に思い、希美に「希美?」と話しかけるものの、直後に希美がここを受けると言ったことへの喜びで、怪訝に思ったことを忘れてしまう。
 さらにそれに対し「希美が受けるなら、私も」とみぞれが発言し、希美は「えっ?」と言う。希美とみぞれの関係性を考えればこのようなみぞれがこのような反応をすることは想像に難くないはずだが、安易な対抗心での自分の発言がみぞれの進路に影響を与える、という大きな結果を導いてしまったことへの戸惑いであると考えられる。


m.吉川優子、中川夏紀との会話
 音大の受験を決めたみぞれは音楽室でピアノの練習をし、その様子をじっと希美が見つめる。希美はみぞれが音大を受験することを優子と夏紀に伝え、それに対しみぞれは「希美が受けるから、私も」と言う。そしてそれに対し希美は「みぞれなりのジョークに決まってんじゃん」と言う。これに対し優子も夏紀も笑わないことから、これがジョークではなく二人の関係性に問題が生じ始めていることを察する。優子が真剣な表情でじっとみぞれを見つめることからも、何かを察していることがわかる。

 しかし夏紀はあくまで静観を貫くキャラクターであるため、あがた祭りについて話題を変更させる。希美はみぞれをあがた祭に誘い、みぞれは一瞬喜んだ表情を見せるものの、直後に優子と夏紀を誘う。希美はみぞれに対しても他に誘いたい人がいるかどうかを尋ねるが、いないと答える。この時点ではまだみぞれから希美への思いが強く、希美はあくまでもみぞれを多くいる友人の一人として接していることがわかる。

n.希美と後輩との関係性
 上記e.とg.で希美と後輩との関係性について触れたが、ここではさらに変化し、フルートパートの雑談の中に希美の姿はない。代わりに会話の中心になっているのは蕾という人物だ。フルートパートからあからさまに疎外されているというような描写はないものの、段々希美がフルートパート内での人間関係も以前ほどうまくいかなくなっていることがうかがえる。

o.梨々花とみぞれの関係性
 フルートパートの様子が描かれた直後、オーボエの後輩剣崎梨々花はみぞれの元を訪ねる。ここで梨々花は「みぞ先輩」とみぞれのことを呼び、みぞれもそれに対し「嫌じゃ……ない」と答えている。その後、再びダブルリードの会にみぞれは誘われるが、再度断る。ただしこの時の断り方も「私がいても楽しくないから」「また今度」と、前回と比べて梨々花のことを思いやった回答へと変化している。希美が後輩との関係も悪化している一方、少しずつではあるがみぞれは後輩との仲を深めていることがわかる。
 さらにこの後、図書館でのシーンを挟んだのちに再び梨々花とみぞれの会話が描かれる。ここでオーボエのリードを自作するみぞれに対し、梨々花は「私にもできますかね」と言う。それに対しみぞれは「今度、教える」返し梨々花は喜ぶ。そして唐突に机に突っ伏した梨々花に「どうしたの」と声をかけ、梨々花は「オーディション、落ちちゃいました、先輩と一緒にコンクール出たかったです」と泣きわめき、この様子をみぞれは戸惑った表情で見つめる。
 ここからわかるのは二つある。一つは、一緒に出たかったと泣いてくれるような慕ってくれる後輩がみぞれにできたと言うこと。もう一つは、自らオーボエのリードの作り方を教えようとしたり、心配の声をかけたり、とみぞれが希美以外の人物に興味を持つようになってきているということだ。

p.ハッピーアイスクリーム
 同時に同じことを言ったとき、「ハッピーアイスクリーム」と先に言った方がアイスを奢る、というやりとりをみぞれの後輩にあたる葉月と緑輝がしているシーン。この時、みぞれは二人の会話に興味を持ち、直後の映像はみぞれの視点であると考えられる。

 作品のラスト、「コンクール、頑張ろう」というセリフをみぞれと希美が同時に言った直後、みぞれが「ハッピーアイスクリーム」と言う場面がある。そのことから、みぞれは二人の会話に興味を持っていることがうかがえる。さらにそれに対し、希美は「ハッピーアイスクリーム」のルールを知らないように描かれているため、これは希美が言っているから、などの理由で興味を持ったわけではないことがわかる。
 さらにこの直後に画面手前に立つ希美はみぞれに声をかけるが、その時みぞれは葉月と緑輝の様子を注視しているため、声をかけられるまで気がつかない。これは希美にしか興味がなかったみぞれが変化している様子を如実に表している。

q.プール
 この直後、希美はみぞれをプールに誘う。みぞれは行くことにし、さらに他に人を誘っていいか尋ね、希美は了承する。その際に希美が一瞬驚いた顔を見せることから、希美にとってこの提案は想定外だったことがうかがえる。このシーンは、みぞれにとっての唯一無二の存在の希美、希美にとって多くいる友人の一人のみぞれ、という関係性が変化したことを象徴する。

 プールに行く様子は描かれず、次のシーンでは梨々花がみぞれにプールに行った時の写真を見せている。この写真にはフルートパートの後輩は写っていない。また、梨々花がみぞれに「先輩大好きです!ありがとうございました」とメッセージを送っていることから、二人の仲がより親密になったことがうかがえる。


r.みぞれと梨々花の練習シーン
 来年こそはコンクールに出る、と意気込む梨々花と一緒にみぞれはオーボエの練習曲を吹く。二つのオーボエの音色が聞こえてきた際に、希美は一瞬悲しげな表情を浮かべる。

 フルートパートの後輩と表面にしか良い関係を作れない自分に対し、みぞれは時間をかけながらも自分以外の大切な存在ができたことを実感しているのではないかと考えられる。

s.優子との会話
 みぞれが梨々花の分のリードを作っているところに、優子が訪ねる。みぞれは優子に対し自分が音大を受けることを「優子、喜んでくれる?」と訊く。それに対し優子は「もちろん。すっごく嬉しい」と答える。音大を受験する意味が希美にしかなかったみぞれが心境を変化させていることがわかる。また、希美と梨々花だけでなく、他の人の感情にも目を向けるようになったことがここからうかがえる。
 しかし、この直後に音大進学について優子から聞かれるが、「希美が決めたことが、私の決めたこと」と答える。みぞれにとっての一番はあくまでも希美であることに変わりはない。


t.みぞれと優子と麗奈の会話
 優子のところを訪ねたトランペットの後輩、麗奈にみぞれは「希美先輩と相性悪くないですか?」と聞かれ、「そんなことない」と答える。さらに麗奈は「先輩の今の音、すごく窮屈そうに聞こえるんです。わざとブレーキかけてるみたいな……多分、希美先輩が自分い合わせてれると思ってないから」
 これに対し、みぞれはその場で反論せず、オーボエのリードを作るときに使う糸を握りしめる。そして麗奈がいなくなった後、優子に「違う、」と言う。
 麗奈に対して直接反論できず、糸を握りしめるだけなのはみぞれの中で麗奈の言っていることが正しいと言う認識があるからではないだろうか。しかしその後優子には反論することから、その現実を受け止められていないのだと考えられる。

u.みぞれと優子、希美と夏紀
 麗奈がいなくなった後、みぞれは優子にこう話す。


 「違う、希美は悪くない。窮屈なのは私が青い鳥を逃せないから。だって、希美は今度いついなくなる感わからない。私から私の手で望みを解放するなんて絶対にできない、できるわけない。私がリズなら、青い鳥をずっと閉じ込めておく」


 これに対し、優子は心配そうに見つめるだけで、特に言葉を返さない。
 ここから考えられることは二つある。一つ目は、みぞれの中で、希美がいついなくなるかもしれないといつ恐怖、そして希美を手放したくないという気持ちは強く残っていること。二つ目は、その気持ちを優子に話せるくらい、優子への信頼を置いているということだ。実際、優子はみぞれの気持ちを決して否定しない。
 一方、同時刻に希美が夏紀に対し、みぞれについて相談をしている。同じ大学を目指しているにも関わらず、みぞれが模試を受けるか否かについて知らない希美に疑問を抱きながらも、夏紀は特に追及しない。「みぞれ、最近私によそよそしくない?」と聞かれても、それに対し「どこが、そんなことないでしょ」「私から見れば二人ともフルートとオーボエのエースって感じでかっこいいけどな」と答えている。優子と同様に、夏紀も希美を否定しない存在として描かれ、フルートの後輩などには決して弱みを見せない希美が、数少ない心を許せる相手である。

v.みぞれと後輩
 希美がみぞれのことを話している音声に合わせて、無音だが後輩とみぞれの様子が描かれている。みぞれは梨々花だけでなく、同じダブルリードパートの後輩から何か話しかけられ、頷き、それに後輩が喜んでいる、という姿が映されている。おそらくこれは、みぞれが断り続けていた「ダブルリードの会」へ参加することにしたのではないかと考えられる。
さらにその後、4人で一緒に練習する様子が足元だけ映される。梨々花だけだった心の許している後輩が、他にも増えていく様子がわかる。


w.新山と希美とみぞれ
 指導に来た新山に練習後、希美は声を掛ける。そこで自分が音大を受けると新山に告げ、新山はそれに対し「そう!頑張ってね、私でよければなんでも聞いてね」と返す。
 みぞれには積極的に音大の受験を勧めたのに対し、新山は直前に自分のソロ演奏を聴いていたにも関わらず、自分の音楽技術は肯定してもらえないという事実を目の当たりにし、わずかに悲しげな表情を浮かべる。


 この直後、新山は付きっきりでみぞれに対し指導しているところを希美は目撃する。自分には目をかけてもらえない、という事実を知り、後輩の会話も耳に入っていない。

 希美の視線に気づいたみぞれは希美に小さく手を振るが、みぞれに嫉妬した希美はみぞれを無視する。そのことにみぞれは大きなショックを受ける。
作品内で最初に描かれる、明確な希美からのみぞれの拒絶である。

x.大好きのハグの拒絶
 みぞれは希美が自分に怒っているんじゃないかと考え、怒っていないなら相手の好きなところを言いながらする「大好きのハグ」をするよう頼む。しかしここでも希美は「今度ね」と明確に拒絶する。

y.希美と夏紀と優子
 優子が希美に「どうするの?第三楽章」と尋ね、夏紀も「みぞれとうまくいってないの?」と尋ねる。これまで疑問を抱いても静観を貫いていた二人が、初めて自ら干渉したシーンだ。それに対して希美は「そんなことないよ」「まあ本番まではまだ時間あるし、どうにかするよ」と答える。これは希美が夏紀と優子を拒絶したと考えられ、夏紀も優子もこれ以上は踏み込まない。
 しかし希美は「私さ、本当に音大行きたいのかな」と二人に向かって言う。

「フルートは好きだけど、そもそも私プロになりたいのかなぁって
仕事にするのと、楽器続けたいは同じじゃないし
後まあお金もかかるじゃん 個人レッスン行ったりしなきゃだしさ
二人みたいに普通大学行ったほうがいいんじゃないかなぁって」

この言葉に優子はみぞれを振り回してばかりだ、と激昂し、一方で夏紀は「近くにいつからって何でもかんでもみんな話すってわけじゃないもんね」と慰める。
 希美はこの段階ではみぞれよりも劣っている、ということが受け入れきれない一方で、この思いを夏紀と優子に話すことから受け止めなければならない、ともがいている様子が伝わる。優子に責められても、希美はあくまで笑みを浮かべて、自分を取り繕う。


z.リズと青い鳥の逆転
 希美に拒絶されたみぞれは再びアジールである生物室で、新山にソロの相談をする。リズの気持ちを尋ねられた時、みぞれは「好きな人を自分から突き放したりなんかできないから、理解できないし、わからない」と答える。これはリズの気持ちがわからないことと同時に、自分を拒絶する希美の気持ちがわからないことも含んでいると考えられる。
 そこで、新山はみぞれに青い鳥の気持ちを考えるよう促す。そこでみぞれは初めて青い鳥の気持ちに気がつき、次のように答える。

「リズがそう言ったから受け入れた
 リズの選択を青い鳥は止められない
 だって青い鳥はリズのことが大好きだから
 悲しくても飛び立つしかない (中略)
    リズに幸せになって欲しいって思ってる 
 それだけはきっと本当
 それが青い鳥の愛のあり方」
 


同時に、希美はついにみぞれへの嫉妬の気持ちを優子と夏紀に告げる。

「進路調査の紙、白紙で出したの私だけじゃない。
 私もだった。
 でもさ、新山先生が声かけたのってみぞれだけなんだよね」

二人は、本当はみぞれが青い鳥で希美がリズだったのだと気がつき、それを受け止める。
次のシーンでは夕焼けを見つめる希美の後ろ姿が映され、「神様、どうして私にカゴの開け方を教えたのですか」というリズのセリフを口にする。希美が明確に、自分がリズであることを認めた場面である。

aa.みぞれのソロ演奏の開花
 作品内のクライマックスシーンとも言えるこのシーン。青い鳥の気持ちを理解したみぞれは他の部員を圧倒する演奏をする。
 希美は1音目から普段とみぞれが違う演奏をすることに気づいて目を見開き、最終的には涙する。この時希美視点と思われるみぞれの様子は描かれるが、みぞれ視点の希美の様子は描かれず。みぞれが希美を見つめてばかりだった関係性が完全に逆転する。

ab.大好きのハグ
 みぞれにとってのアジールだった生物室に、今度は希美が一人たたずむ。そこにみぞれがやってくるが、ここで初めて希美はみぞれに本心を吐露し、「みぞれはずるいよ」「私才能ないからね」何度も繰り返す。それに対し、みぞれも希美に「希美はいつも勝手」と言い、自分の本心を打ち明ける。そして仲良しのハグをし、希美への想いを伝える。

 「希美の笑い声が好き、希美の話し方が好き、希美の足音が好き、希美の髪が好き、希美の全部が好き」

これに対して希美は、「みぞれのオーボエが好き」とだけ返す。みぞれは希美のフルートを肯定しないし、それに対し希美はみぞれのオーボエだけを肯定するところが二人の本心を描いているが、みぞれの腰にゆっくりと希美が手を回して、みぞれの気持ちをを受け入れる。


6.結論


 『リズと青い鳥』は男性キャラクターを排除し、女性だけの世界観を築き上げた。そして進路選択が迫られることからタイムリミットのある関係性を描くことで、みぞれと希美の関係が冒頭で述べたSに近いものを感じさせることが、百合的であるのではないかと考えられる。しかし演習内での発表からさらに細かく分析をすることで、二人の関係性は二人だけでなく他の人物との関わり合いの中で変化して行くことがわかった。本作について山田尚子監督は「口に出していることと、思っていることが正しく合致しないことだって多い。 (中略) 観てくださる方に、彼女たちの口から出てくることばが「正解だ」と思われたくなかったんです」と述べているが、一瞬一瞬の彼女たちの表情や仕草を切り取ることで感情や関係性の変化が描かれている。このわずかな変化を凝視することで見えてくる点が、百合作品における「読み込ませる」部分に当たる。結果として『リズと青い鳥』はセクシュアリティを描かずに、百合的な要素を多く含む作品として完成されていると言える。

7.参考文献


•『リズと青い鳥 公式設定集』 2018/4 京都アニメーション 京アニ出版
•堀江有里著「女たちの関係性を表象すること」-『ユリイカ2014年12月号 特集=百合文化の現在』収録 青弓社
•エリカ・フリードマン著 椎名ゆかり訳「百合 境界なきジャンル」-『ユリイカ2014年12月号 特集=百合文化の現在』収録 青弓社
•日高利泰著「マンガの世界を構成する塵のような何か。」-『ユリイカ 2014年12月号 特集=百合文化の現在』収録 青弓社
•赤枝香奈子著『近代日本における女同士の親密な関係』角川学芸出版 2011年2月
•野村幸一郎著『京アニを読む』新典社 2016年11月
•『キネマ旬報 2018年9月上旬号 No.1788』「2018年 アニメーション映画のゆくえ」対談 石岡良治×土居伸彰 より引用
•「リズと青い鳥」公式サイト http://liz-bluebird.com(最終閲覧日2019/7/18)
•「リズと青い鳥」山田尚子×武田綾乃インタビュー「身を潜めて少女たちの秘密をのぞき見るイメージ」 https://animeanime.jp/article/2018/05/02/37619.html
(最終閲覧日2019/7/18)


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