ウソップのクリアファイル

僕が通院している心療内科は、大きな市民病院の真向かいのマンションの1Fにある。
午前中は市民病院の駐車場が満車で、駐車待ちの車が列をなしている。
心療内科の駐輪場は道路に面した入口の真横にあり、自転車を停めている最中は、暇を持て余した駐車待ちの運転手の注目の的となる。

視線を感じながら「えぇ、そうですそうです、ちょっと心の病気になってしまいまして。あ、あなたたちも急になるかもしれませんよ。僕もまさか自分がなるなんて思ってもみませんでしたからね。」と話しかける。心の中で。もちろん、適応障害含め心の病気は誰でもなりうる病気であり、恥ずかしいことでもなんでないわけだが、少しこの辺は心療内科側の忖度があっても良いものだと思う。

昨日は2週間ぶりの通院日だった。一進一退を繰り返しながら、徐々に良くなってきている気がする。何を持って「良くなってきている」と言うかというと、こうやって誰が読むかわからない文章を時間かけて書いたり、目的なく自転車で街をフラフラできる精神状態の時間が日に日に増えてきているからだ。

僕は心療内科の受診の際、「◯月◯日 心療内科受診用 症状記録」と題したA4の資料を持参する。前回の受診日からの体調の変化、良くなったこと、悪くなったこと、気になること、先生に相談したいことを箇条書きにしてまとめたものだ。

10月3日 心療内科受診用 症状記録

●悪い
・朝と夜はほぼ必ず、日中は規則性なく、抑うつ状態になる
・波がある。良いときの悪いときの差が激しい。
・会社から連絡が来たら動悸がした。吐き気もした。
・時々、頭痛がする
・何をやるのも億劫で動くのが面倒になる時がある

●良い
・散歩にいくと気分が良くなる
・自転車に乗っていると気分が良くなる
・文章を書いていると集中できる
・早く働きたいと思った瞬間があった。一瞬。

一部抜粋

こんな感じ。「漏れなく伝えないといけないことを相手に伝えるために、伝えないといけないことを箇条書きリストにして、それを相手に見せながら喋れ」という、いつぞや上司に教わったやり方を心療内科の診察でも実践している。

問診とは「医師が患者を診察する際、病状などを尋ねること」であり、診察の主導権は向こうだ。特に心療内科の場合、質問に対してのリアクション、間を見たりすることもあるらしいので、こちらからリストを順番に説明するようなことはせず、訊かれたことを答えるというスタンダード・スタイルをとっている。

であれば、わざわざ箇条書きリストを作らなくても良いのでは?と思うかもしれないが、自分の症状を漏れなく伝えることが目的なので、最終的にその用紙を先生に渡しておけば、本来の目的は達成できるわけだ。
今回も診察終了後、先生に「またまとめてきたので一応渡しておきます」といって資料を渡してきた。

しかし、診察を終え受付で会計を待っている時に、ふと気づいたことがある。
僕の日々の症状を記録した箇条書きリストを入れていたクリアファイルが、「ウソップ」のファイルなのだ。

ハッとした。

ウソップである。ご存じない方のために説明をすると、ウソップとは、国民的人気漫画「ONEPIECE」に登場するキャラクターで、その名から推測できる通り「嘘つき」なのだ。ウソップの嘘は仲間を守るための嘘だったりするわけで、勇敢で仲間想いのナイスなキャラであるということはONEPIECEファンのために言っておきたいが、それは今回は重要でないので割愛するとして、一進一退の症状を正確に先生に伝えようと取り出したクリアファイルに、その「ウソップ」が全面に描かれていたのだ。

なぜ僕はこのファイルを選んだのか。

数あるクリアファイルの中でなぜわざわざウソップを選んだのだろう。ルフィーでもゾロでもナミでもサンジでも誰でもよかったはずだ。もちろんチョッパーでも。
そもそもなぜONEPIECEなんだ。無地の透明のいっぱいあるやつで良かったのではないか。

先生は困惑してはいないだろうか。

何が本当で、何がうそっぷなのか。30分近く喋っていた最近の調子、薬を変えたことでの体調の変化、復職への不安は全部うそっぷだったのか。あいつ、うそっぷなことばっかり言って、本当は全然健康なんじゃないのか?適応できてんじゃねーのか?
あ、もしかしてこの症状がうそっぷであってほしいとか、そういう願掛け的なやつ?え、なんかサムくない?
とか思われていないだろうか。

まだ自分には正常な判断力がないということをまじまじと見せつけられ、待合室で呆然とする。
思考力・判断力の低下は、適応障害の症状の一つである。
社会という大海原に再び出航するには、まだまだ休養が必要らしい。

※2018/10/4の記事

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