演劇派女子と先生と金の斧と勧善懲悪【短編小説】

半沢直樹を見て書いたら後日バカリズムさんと完全同じようなネタでそれ以来バカリズムさんが大好きになったという作品です

「演劇の練習?」
「そうです!」

生徒指導室でのんびりとお酒を飲んでいた私のティータイムをドアを蹴破る音と共に妨害してきたこの女が言うには

来週の日曜日にある発表会で始めて役を貰ったので練習したい。とのことだった。

正直、くそほどにも興味が無いわけだが、ここでシッシと追い返すのも体裁的な問題が発生してしまうので、取り合えず話しは聞くことにした。

「それで? どんな内容なんだ?」

そういうや否や、パァっと光を放つような笑顔で、かばんからファイルを出してきた。

見ると、企画書のようで、なにやら色々と書かれている。

ふむ、金の斧と銀の斧の話しか、確か川に鉄製の斧を投げ入れるという労働で、女神が金の斧と銀の斧という、職業的には強度が足りず、観賞用としては犯罪のリスクを底上げし、かと言って誰かに譲歩するほど無価値ではない。
結局は売るしかないという。じゃあなんで斧状にしたのか問いたい。
そんなお話しか。

「どうですか?」
「小首を傾げられても困るが、どんな役なんだ?」
「女神役になったんです!」
「ふむふむ、おめでたい話なんだが、やけに白紙の部分が多いなこの企画書」

パラパラと紙をめくりつつ、目を移すと、めっちゃキラキラした目で説明しだそうとしている。

今更ながらに、女神という清楚かつ静かな役は絶対不適切だと思う。

「はい!実は先生が仰るには、全部一緒じゃつまらないから、自分達のオリジナルを生み出すようにと!」
「それで、どんな感じにするかは決まったのか?」

そう聞くとあからさまにシュンとしてしまった。

「なるほど…取り合えず、アドリブで今やってみようか」

そういうと、あからさまに驚いた顔になった。

凄くわかりやすい子だな。そうそう現代の子にはこれが足りないんだよ。

なんというか純粋っていうか、ピュアっていうかこう…わかるだろ?

「え!? いいですけど…それじゃあよろしくお願いします!」
「任せておけ!」

実は、2年ほど、劇団に所属していた事がある。当時は暇つぶしで入っていたため、大した役をやるのが面倒すぎて、小さな役を極めようと奮闘していた。

…木の役。これだけは負けない自身がある。

付いたあだ名は消極的な演技派。

特に柳に関しては右に出るものはいないだろうと業界でも囁かれていた。

『貴方が落とした斧は金の斧ですか?それとも銀の斧ですか?』

一瞬の間に画面が転換する感覚を覚える。
そこは湖なのか。そして彼女は女神なのだろうか。
漠然とした確信に生まれ変わるようにこの殺風景な室内は見事に物語に転換される。
だがどうしても物語に転換しきれない部分があった。

「ボクガ、オトシタノ、ハ、キンのオノデス」

己の不甲斐なさだ。
今演義で生まれた子供は不甲斐なさの子だった。悲しいかな。演劇とは一人では成功出来ない。多くの役が複雑に絡み合う事でようやく一つの物語となすのだ。

『嘘つきには何もあげられません…』


その悲しげな表情はまるで自身の演技力に抱かれているのではないかと思えるほどに寂しく。それに無力感を抱きながら。それでも喉から絞られる声はこう紡ぐのだ。

「ソンナー」

汗が止まらない。
女神を止めるべく縋るのではなく、物語の風景を止めるべく縋る自分の愚かさに。情けなさに。

なんなのこの子、上手過ぎ! 先ほどとは打って変わり、清楚かつ静か、何より神秘的な感じがやばめである。

対するこちら側、素人よりも素人してしまっており、めちゃくちゃバツの悪そうな顔をされるという恥ずかしさここに極めてしまった。

「い、いや、大丈夫です! 初めてなんですし! コレぐらいが普通ですよ!」

必死のフォローがすさまじく痛い…
そんな顔面に漂白剤をかけたような顔をしている私を見かねたのか、少し考えた後に。

「自分の普段通りで話してみるのはどうでしょうか?」
「普段通り?」

そうです!と自分の胸を手で打ち、ビシ! と人差し指を立てたその勇姿に

もうその時点で涙が出るほど心強く感じてしまう。

「分かった。やろう。なりきればいいんだな」
「はい! 取り合えず、最初の設定として、金の斧をもらった噂を聞いて、川にきて斧を投げ入れた。といった所からどうでしょうか?」
「了解だ。こい!」

バシッと頬に気合を入れ、集中する。

自然体に…自然体に。よし、落ち着いた。

そして想像するんだ。いくぞ……

バシャン

美しく澄んだ水面に、それでもなお暗く、少し冷たく感じる様な所まで鉄製の斧が落ちていく様を眺めながら、ウキウキと金の斧を頂いたあとの事を想像していた。

家族にどんなご飯を食べさせようとか。思い切って起業してみようとか。近所にいる皆にサプライズをしようとか。

そんな夢物語を絵にしつつ、女神の登場を待った。

『貴方が斧を落としたのですか?』
「うわっ!」

瞬きほどの寸瞬、突如現れた女神に驚き尻餅をつきながら、驚く。

(凄い!役になりきってる…さっきのは緊張してたからなのかな)

自分も負けじと役に集中する。どんな言葉が出るか分からないこのアドリブ劇場。役に合う言葉選びは存外難しいのだ。

「おお、本当に女神様が出てきたぞ…」
『貴方が斧を落としたのですか?』

もう一度問われ、男ははっとした様に我に帰った。

すると突然立ち上がり、目を輝かせ胸を張って言った。

「はい!私が、私が落としました! 斧を!」
『貴方が落とした斧は、金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?』

興奮したように捲くし立てる男とは対極に、女神は目を細めながら、ゆっくりと言葉をつむいでいく。

ここまでは順調だ。そろそろ、セリフに若干の変化が訪れるかもしれない。

「はい!、その金の斧を私が落としました!」
『うそつきに渡すものは何もありません!』
「えー…まじか…嘘…ああーじゃあ金の斧はもらえないんですか」
『無論、与えられません。それでは』

そのセリフで終止符を打って川の底へ戻ろうとした。

その時。男はぶんぶんと手を振りながら、こう叫んだ

「いやいやいやいや、まってまって」
『…なんでしょうか?』

そういうと男は手を差し伸べる。

怪訝そうな顔で見上げた。

すると男は半分笑い顔で、手を振りながらこういった。

「え、いやいや、俺の斧は返してくださいよ」

衝撃的過ぎて、一瞬言葉に詰まり、そしてそれでもなお何か言おうとした言葉は一つの疑問符として吐き出されてしまった。

『…え』

この時点で、既に何かに負けてしまったのかもしれない。

そう考える間もなく、この斧を落とした男から、電撃的な言葉が発射されていこうとしていた。

「いや、だから、俺の斧ですよ。嘘をついたから金の斧は上げられない。これはわかるんですよ。でも、俺の斧は返してください。俺のだから。それは真実だから」
『いえ、それはダメです』
「いや、俺の所有物だろ?それ。いやいや意味分からんし…ちょ、ちょっといったん上がってきて」
『嘘をついた貴方が悪いのです。斧は返すことは出来ません』

なんとか、言葉を出すだけで精一杯。

正直脳が停止している。どうにか突破口を開かなければ。

そんな考えも一瞬で吹き飛ばされてしまった。

「いやいや、おかしいですってそれ。だって嘘をついたら、斧をとられるんですよ?罪と罰のバランス酷すぎますよね。それ。結構簡単にお持ち返ってますけど、斧って割りとしますよ?しかもそれ、仕事用の一つしかない斧だし」
『う、嘘つきには罰を与えねばなりません。よって、貴方の落とした斧は没収させていただきます』
「いやいや、私は嘘を言いました。だから金の斧はあげられません。これは分かります。私も悪いわけですからね。じゃあ私の斧は?」
『嘘つきには罰を与えねばなりません』

私は木こりだ。

しかし、先ほどから聞いていればこの女神は何を言っているのだろうか。

いや、確かに、嘘をついた。それは認めるべくして認めている。

だがしかしだ。これではあまりにもあまりにも酷いと思う。

教師として…いや、木こりとして?

……私は、教師だったのだろうか。

それは断じてNOだ。NOと言える。もう言い切っちゃう。

「いやいやいや、待ってくださいって!明日から仕事できないんですよ?そんな、そんな路頭に迷うような悪い事しました?」
『え、仕事?』

ここで、投入するのが、こちらの事情の押し売りだ。

私には二人の子供と妻がいるのだ。絶対にここで引くわけには行かない。

とはいえ、単純な押し方ではだめだ。電撃的かつ即時的に。全力で捲くし立てていく方針でいくしかない。

「そうですよ!明日から仕事できなくなるんですから!えええ、ちょ返してくださいよ!え、だってですよ?斧を落としたら貴方が出てきて、『金の斧は貴方のですか?』って聞くもんだから、ちょっと欲がでて、『そうですよ』って返しちゃっただけなんですよ?正直いってそれだけなんですよ?それで明日から、家族全員路頭に迷わなければならないんですか?金の斧お前のかって聞かれてそうだって言ったら路頭に迷ったやつがいるらしいって噂されなきゃいけないんですか?」
『でも嘘ついたし』
「いや、嘘をついたのは認めてますって、それについては、大変申し訳ありませんでした。もうしません。だから斧は返してください」

もう既に頭の中がグルグルしてしまっています。

女子高校生は混乱していた。

何か反撃をしなければ…

これは恐らく悪循環なのだろうが、このときの私にそんな判断が出来るわけがなかった。

『だ、だめです!』
「はぇーダメなんだー。やりすぎだとおもうんだけどなぁ」

両手を頭の後ろに回しながら、わざとらしく後ろを向く。

突然くるっと回って、こちらをみる。その全てが悪意に満ちているのは間違いではないだろう。

「いいですか?女神様。そもそも、私に悪事を働かせたのは貴方が原因であることをお分かりいただけてますか?だってそうですよね?金の斧がわたしのではない。何故それが分かるんですか?それは貴方が一番よく分かっているはずだ! 鉄の斧を落とした私を見ながらわざわざ金の斧を持ち出し、人の物欲を揺さぶって微笑んでいたのではないですか?それこそ、嘘を言ったと言えるのではないですか?何故なら、自分の金の斧だと知りつつ、人に自分の斧ではないように振舞ったのですから!それとも、そういう欲深い人間に罰を与えるなら必要悪とでも仰るんですか?」
『そ、そうです。必要悪です』

ひっかかった。彼はそうほくそ笑み
ひっかかった。私はそう絶望する。

「なるほどなるほど、つまり悪ではあると認めているんですね?さて、本当に必要悪だったのでしょうか?」
『…っう』
「例えば、私が今まで非道の限りを尽くし、そして、それに見かねた女神様が私の元へ現れ、罰を下すならばわかります……しかし!私は現在に至るまで、何一つ悪事を働いた事はありません。欲を言えば、今さっき、金の力に負けてしまいました…でーすーが!そもそも、私のような庶民相手に大金をぶらさげて試すというのは随分とまぁ良いご趣味をしていらっしゃいますね?そして引っかかったら、路頭に迷えですか?おーおーどの面下げて神様なんてやってるんでしょうねぇ?自分は神というだけで崇められ、様々な恩恵を受け、しかも苦しい中で救いを求めるんですから庶民の層のほうが神々は奉仕されているにも関わらず?よりにもよって庶民で遊ぶような真似をしているんですか?どこが必要悪なのでしょうか?貴方がやらなければ、無かった悪ならば、貴方が悪なのではないですか?」
「ぎ、ギブあっぷです」

こうして、一度限りのアドリブは終了した。

その後、何かをつかんだのか、演劇は大成功の元終了したらしい。

端的に言えば、

嘘をつき路頭に迷ったおじいさんを、金の斧を持ったおじいさんが諭し、助け、改心してマジメに生きていくという話しだ。

万人受けをとったか…

と思いつつ、割と面白かった。

軽い映画でも見たようなクオリティの高さ。何より時代背景にある庶民の生活の苦しさというものが際立っていたのがドラマ性を発揮できたということなのだろうか。

ただ一つだけいえるのは。

「罪とは程度はどうであれ犯した側は何も言えなくなってしまうという事なのだろうな」

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