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【読書】『ままならないから私とあなた』朝井リョウ【合理性と人間らしさ】


今年好きになった作家さんの一人である朝井リョウさん。その作品を一つずつ読み進めています。


今回は、『ままならないから私とあなた』について、書いていきたいと思います。


合理性と人間らしさ


この本は、表題作の『ままならないから私とあなた』と、『レンタル世界』という2つのお話から成ります。どちらも、合理性と人間らしさという対立軸で語られています。


『レンタル世界』では、自分のすべてをさらけ出し、相手のすべても知ることで深い関係が築けると信じている雄太が、レンタル友達やレンタル彼女の存在を知ることとなります。雄太は「そんなのは良くない」と考えますが、その見方の狭さに気づかされていくのです。


表題作の『ままならないから私とあなた』は、小学校時代からの親友、雪子(ユッコ)と薫を巡るストーリーです。ピアノが好きで、音楽科の高校に進み、作曲家を目指すユッコは、一見無駄なことに意味があると考え、人間らしさを大切にしています。一方、は、学校でも必要ないと思う授業には出席しないなど、合理性を重視します。その人しかできない、といった価値よりも、皆ができて便利になる、という価値に重きを置いて、プログラミングや発明に力を注ぎ、高校時代には発明コンテストで優勝、大学院まで進んで起業しています。


薫の考えに違和感を抱きつつも、自身の考えを上手く伝えられないまま仲良しでい続けるユッコの視点で語られていきます。やがて大人になった二人は、考えをぶつけ合うこととなります。


ユッコについて


表題作の『ままならないから私とあなた』を読んで、私は複雑な気持ちになりました。ユッコの意見も薫の意見も理解できるものの、どちらかといえば私はユッコ側の考えのはずなのに、ユッコ自身のことはどこか好きになれなかったのです。


私はそれほど人の好き嫌いがある方ではないですし、小説のキャラクターの好き嫌いもあまりないので、彼女をあまり好きになれない理由は何か、考えてみることにしました。そうすれば、新たな自分が見つけられるかもしれないと感じたからです。


その結果、以下の3つの観点に気づきました。

①ユッコが、自分の人生の方が薫の人生よりも豊かだと思っていること

ユッコは、自身と違う意見の人がいることも理解するという旨述べているものの、自分の人生の方が薫の人生よりも豊かなんだという驕りが透けて見える気がします。

ユッコが学校で色々な人に関わったり、恋をしたり、もがいたり苦しんだりしてきたことの価値はもちろんわかりますし、私も自分の人生において、そういうものを大切にしてきました。

しかし、薫にも、ユッコには経験できないことをたくさん経験して、ユッコに見えないものを見ているという面があることを、ユッコは忘れているのではないかと思います。

一般論として、進学校の子どもに対し、「勉強ばかりで可哀想」という感情を持つ人がいると思いますが、これに近い気がします。進学校の子は、勉強を通じて、本気で勉強したことのない人には見えない世界を見ているかもしれないし、そもそも勉強と遊びは両立できるかもしれないのに、安易に「遊びから学ぶことは大きい」という人を見ると残念な気持ちになりますが、ユッコを見て、同じような感情を抱きました。


②「天才少女の薫と平凡な雪子」ではない

この本の紹介には、「天才少女の薫と平凡な雪子」と書かれています。たしかに、薫は高校在学中に発明コンテストで優勝するような天才、雪子は曲を作って応募してもなかなか選考を通らない平凡な人、という見方はできると思います。

しかし、才能や運というものにより重きを置いているのは、実はユッコの方なのかなと感じます。もちろん彼女は努力を積み重ねていますし、「私にしか弾けないピアノ、私にしか作れない曲」を追い求める姿勢も素敵です。ピアノが上手なのは才能で、数学ができるのは努力の結果だなどという見方をするつもりもありません。けれど、「自分にしかないもの」にこだわる考え方が、私にとってはあまりすっと入ってくるものではないことに気づかされました。


ただ、これについては、自身のコンプレックスを突かれたから、ユッコがあまり好きになれなかったのかなという気がしています。私は、どんな環境でも楽しく頑張れることが自分の長所だと考えていますが、一方で、「これを絶対に実現したい」という強い思いや「自分にしかないもの」は足りていないことを実感しているからです。


③「どうして皆、そのことがわからないんだろう」への違和感

ユッコが「誰もが同じようになるなんて、全く素晴らしくない」「どうして皆、そのことがわからないんだろう」と考える場面があります。

私はこの「どうして皆、そのことがわからないんだろう」に違和感を覚えました。

薫のような人も、ユッコのような人もいるのが社会であり、考え方や感じ方は人によって違って当然だと思うからです。ユッコは渡邊君との付き合いを経て、後に「自分と違う考えの人間がいるということを受け入れる」ことができるようになったと言っているので、大人になった彼女は違うのかもしれませんが、この一言が引っかかりました。


ユッコについて思いを巡らせることを通じて、自分の考えを深めることができました。自分と他人が違うからこそ良いんだというユッコの考えには私も賛成で、自分が「ちょっと違うな」と思う意見についても、まずは素直に聞いてみることが大切だと思います。色々な人がいるからこそ、強いチームになれる、より素敵な社会にできる。このことは忘れないでいたいです。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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