【スウェーデン語】なぜ värld や karl の ≪l≫ は発音されないのか?
0 今回の記事の内容
前回の記事の続編です。
この記事に対して以下のような反応を Twitter で頂きました。
この事実、特に värld や karl の ≪l≫ が発音されないということは、スウェーデン語の学習者ならばいずれはどこかで聞くことになる内容だと思います。ぜひ覚えておきましょう。
さて今回の記事では、発音されないのはなぜかという理由に迫ります。このような例外的(に見える)事項も理由を知ることで覚えやすくなることを期待します。また、既に l なしで発音されていたということを説明している17世紀、18世紀の資料の紹介も行います。
例によってまとめを付けていますので時間のない方は最後だけでも読んでみて下さい。
1 värld <世界>
1.1 発音について言及している資料
スウェーデン語の正書法について記述した学位論文なんだろうな~と思います。
なお、 ≪l≫ を持たない語形も少なくとも16世紀には既に記録されています [2]。
1.2 ≪l≫ が発音されない理由
一般的に、語中音消失や派生などによって通常その言語に存在しない(もしくは発音しにくい)子音連続が生じると、そのうちのどれかを脱落させることによって発音の便を図ります。
なお、これは通言語的な現象であって他の言語でもよく見られます:英語 hasten, ロシア語 здравствуйте, アイスランド語 vatns。
(発音されない文字を太字で示しています)
スウェーデン語においては三子音の真ん中のものを脱落させるパターンが典型的です [1, §57]。今回の例では ≪rld≫ のうちの ≪l≫ が脱落したわけでこのパターンに沿っていますね。
1.3 語源
今回の記事の趣旨からは寄り道ですが味わい深い語源なのでぜひ紹介しておきたいと思います。värld に対応する古ノルド語 verǫld を見ると分かりやすいのですが、verr "man" + ǫld "age" と分析されます。
verr は英語の werewolf <人狼> の前半部分やラテン語の vir <男> と対応しています。ǫld は英語の old <年老いた> やスウェーデン語の ålder <年齢、年代>, äldre <年長の> などと語根を共有しています。ǫld の ǫ は a が u-ウムラウトを受けて円唇化しているのを示しています。
古スウェーデン語では väruld のように二音節の形も残っていますが、定形(後置された定冠詞が接尾した形)で väruldin のように三音節になった際に真ん中の母音が脱落する傾向 (väruldin > världin) があり、それが不定形にも類推作用を働かせ、現在のようになったと考えられます。
なお、デンマーク語では定性語尾も単語の一部になっています(単数 verden, 複数 verdener/verdner)。スウェーデン語の värld の複数形 världar と見比べてみて下さい。冠詞に由来する n が複数形の語中に紛れ込んでいるのが分かります。
2 karl <男>
2.1 発音について言及している資料
värld についても言及されていますね!
2.2 ≪l≫ が発音されない理由
karl の定形 karlen の e が脱落して karln となり、その l が värld と同じように脱落して karn となり、そこから類推で不定形 kar が生まれたと考えられます [1, §171]。実際、 ≪l≫ を付けない語形も16世紀には既に記録されています [3]。
人名には後置定冠詞は付きませんから、一般名詞の karl と語源を共有する Karl の間に発音の差があるというのも上記の説明で納得できるのではないでしょうか。
2.3 人名 Karl の様々な言語でのかたち
Karl に対応する人名の各言語での代表的なものを示します。
※代表的なものというのは、Carl とか Carlos という名前の英語圏の方ももちろんいらっしゃるであろうけども、ということです。
[ゲルマン系]
ドイツ語 Karl (カール大帝 Karl der Große の名前ですね)
オランダ語 Karel (オランダ語では世界も wereld で弱母音を良く保存しているといえるかもしれません)
[ラテン系:男性主格を表わす語尾 -us が付いているのが特徴的です。ノルド語では l に ʀ (< ゲルマン祖語 *z) が同化したためついていません。]
ラテン語 Carolus (ゲルマン語からの借用だと考えられているようです)
スペイン語 Carlos (スペインの首都マドリードにはカルロス三世大学という大学があって実は行ったことがあります)
フランス語 Charles (カール大帝のことをシャルルマーニュ Charlemagne といいますね)
英語 Charles (英語はゲルマン語の一員ですが、Charles はフランス語からです)
3 想定される反論への回答
3.1 想定される反論
三子音の連続といっても、仮に規則(r が後続する歯子音を反舌化して自身は消滅する)に従って綴り通りに読めば [væːɭɖ] になって子音は二つじゃないかと思われる方もいらっしゃると思います。大変ごもっともです。
3.2 回答
この反論に対しては、これらの単語における ≪l≫ の黙音化が r による反舌化より先に起こったと考えることで矛盾が解消されると思います。
反舌化の時期についてはっきりとは分かっていないようですが、17世紀の資料ではまだ反舌化が起こっていないように思われる綴りが見られます( baren (barn), biören (björn)) [1, §193]。また、フィンランドなど地域によっては現在も同化せずに 「r + 歯音」で発音します。
先述したように ≪l≫ 抜きで表記している例が 16世紀初頭には既に見られていますから、上の『l の黙音化が r による反舌化より先に起こった』という推測は妥当なものであると思います。語源的綴りが採用されているということなのでしょう。
4 まとめ
・värld や karl の ≪l≫ が発音されない理由を解説しました
・三子音の連続で真ん中の子音が脱落しました
・定形からの類推が役割を果たしているため固有名詞には適用されません
・Karl はチャールズやカルロスやシャルルと同じ由来です
参考
[1] Wessén, Svensk Språkhistoria, I. Ljudlära och Ordböjningslära
[2] Svenska Akademiens Ordbok (SAOB)
[3] Söderwall, Ordbok Öfver svenska medeltids-språket.
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